京都大学大学院 薬学研究科 構造生物薬学分野


生体防御の仕組みをX線構造解析の手法で解明。創薬研究・薬物治療の最重要課題を解決に導く研究。

物質を輸送するトランスポーターを研究テーマに選択

 加藤先生は「理化学研究所から京都大学薬学部に移った時、薬学にとって重要な問題は何かを考えました。そこで受容体と輸送体の研究こそが薬理学や薬物動態学への貢献度が高いと判断しました」という。
 医薬品の約50%が、細胞膜の「Gタンパク質共役型受容体(GPCR)」をターゲットにしており、すでに多くの研究者がこのテーマに取り組んでいる。
 加藤先生が狙ったのが、物質を輸送する膜タンパク質(トランスポーター)だった。

生体防御のシステムが薬を効かなくしていた

 生体は、トランスポーターという膜タンパク質により細胞膜内外の物質輸送を行っている。中でもABCB1と呼ばれるP糖タンパク質(多剤排出トランスポーター)は、多種多様な化学構造の化合物を細胞外に排出する。
 「抗がん剤を投与すると初回はすごくよく効き、ほとんどのがん細胞が死滅します。しかし初回の投薬で殺し残したがん細胞があると、がん細胞はABCB1を大量に発現して耐性をもつようになります。そして全ての薬物といえるほど、200から数千の分子量を持つ薬は何でも吐き出します。もちろん未使用の抗がん剤も吐き出します。そのため、再び増えたがん細胞は多剤耐性を獲得して、2回目以降の抗がん剤は効きません。がん化学療法の障害となっているのがABCB1です。抗がん剤治療で最も大きな問題になっています。
 困ったことにABCB1の阻害剤を投与すると人間が死んでしまいます。そのため副作用を抑えながら抗がん剤の排出を抑制するという矛盾する問題を解決しなればなりません。そこで、ABCB1の分子構造がどうなっているかを明らかにし、弱点やコントロールする方法をみつけようとしています」と加藤先生。

薬物治療を効果的にするにはABCB1の制御が不可欠

 ヒトの脳には異物の侵入を防ぐバリアがあることが知られている。大切な脳を異物から守る防御システム「血液脳関門」だ。実は、血液脳関門もABCB1が主役なのである。生体防御の要であるABCB1は、血液脳関門を始め小腸や肝臓、腎臓、生殖器に多く存在する。中でも小腸は生体防御の最前線にあり、経口投与された薬は小腸がことごとく排出してしまう。生体にはありがたい防御システムだが、薬物治療には厄介な存在なのである。生体防御を制御しながら薬をがん細胞などに届けなければならないのだ。
 ABCB1の分子構造解明は多剤排出の解明、創薬、薬物治療にとって重要な意義がある。世界中の研究者がABCB1の結晶構造解析に取り組んできた。しかしABCB1はヒトやマウスの細胞から取り出すと安定性が極めて低く、詳細な分子構造の決定が困難だった。
 そこで加藤先生達は、高温に棲む生物からABCB1に似たタンパク質を探した。

ABCB1に似た真核生物を発見「CmABCB1」と命名する

 ついにシゾンという温泉に棲む好熱性真核生物にたどり着く。シゾンのABCB1はヒトと遺伝子配列や機能が似ており、シゾンから得た膜タンパク質をCmABCB1と命名した。さらに結晶構造の決定にも成功する。抽出した結晶を大型放射光施設「Spring-8」でX線結晶構造解析した。すると、このタンパク質は筒状で両端に口があることが分かった。
 下の図がその模式図だ。CmABCB1は、細胞膜に埋め込まれた排水ポンプ領域TMD(膜貫通領域)と細胞質に浮かぶATP駆動エンジン領域NBD(ヌクレオチド結合領域)からできていた。
 中央部には大きな空洞があり、取り組み口は化合物の大きさに応じて変化する柔軟性がある。さらにその天井には疎水性の化合物が付着しやすい構造をしていることも判明した。天井横には天井開口部を開くスイッチがあり、化合物が触れると開口部が開いて外に排出される構造だ。
 細胞内部に侵入した化学物質を取り込み、化学物質を外側に排出する防御システムを解明したのである。
 この成果は、多剤耐性の基本的な仕組みを理解し、阻害剤の設計、薬物治療に役立つと期待される。研究は、さらにCmABCB1の阻害剤探索に進んでいるようだ。

薬学の研究分野では珍しいX線構造解析に関する研究

 「膜タンパク質の立体構造を解くことができる研究室は世界でも僅かです。私たちの研究は、結晶構造解析により薬学の問題を解決する研究、また結晶構造解析をさらに発展させる研究を両輪にしています。
 薬学でX線構造解析を行うことは少ないと思いますが、これを使うと分子がどんな形をしているか、どういうことができるか知ることができます。私たちはX線結晶構造解析の機器メーカーと共同開発しており、国内でも数少ない高性能な機器を使って研究しています。また結晶解析では第4世代の放射光の利用が動き始めています。世界に2箇所しかないX線自由電子レーザー施設「SACLA(理化学研究所)」です。私たちはこの施設を使って世界に先駆けた研究を始めていますが、大型放射光施設「Spring-8」の10億倍の明るさのX線を出すことができ解析の精度がさらに高まりました」という。創薬研究に大きく貢献する研究だ。

学生の興味こそ、研究を楽しみ目的達成のモチベーションになる

 「リーダーには研究の全体を見渡し、判断できる人が必要ですし、世界で活躍するには与えられた問題を解決するだけではなく、問題点を発見し、解決するまで諦めずに挑戦を繰り返す力が求められます。研究室では、遺伝子から結晶構造まで研究内容を広げて、広い視野をもてるようにしています。学生の興味は、トランスポーターが薬理学にどんな貢献ができるか、膜タンパク質を結晶に導く技術など、様々です。学生がやってみたいという興味を大切にしてテーマを選び援助するようにしています。学生には世界を変える研究者を目指して欲しいと考えて指導しています」と加藤先生はいう。
(2016年5月取材)

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