東京大学大学院 薬学系研究科 蛋白構造生物学教室


タンパク質と化合物の複合体構造研究から、
カギ穴にあう鍵(薬)を創る
創薬研究では立体構造の情報が重要


創薬研究に欠かせない、TLRの
立体構造解析が研究テーマ


 薬の多くは低分子化合物で、体内で特定の標的タンパク質に特異的に結合してその効果を発揮する。清水先生は、免疫系で働くタンパク質に注目し、タンパク質の立体構造と機能を解明、その働きを突き止める研究を進めている。
 先生は「私たちの身の回りにはウイルスや微生物などの病原菌が存在します。病原体が体内に侵入する前に皮膚で跳ね返し、涙や鼻水で洗い流します。この防御をすり抜けて体内に侵入した病原体に対処するのが、食細胞やリンパ球などの免疫細胞で構成される免疫システムです。
 病原体が侵入するとまず自然免疫が働きます。食細胞は手当り次第に病原菌を捕食します。最初のころは自然免疫は非特異的に病原体を食べるだけの原始的な機構と思われていましたが、病原体を認識して炎症反応を活性化させ病原体を攻撃すること、さらには後に続く獲得免疫を活性化させるという重要な役割を果たしていることがわかってきました。
 自然免疫における病原体を認識する代表的なセンサーがToll様受容体(Toll-like receptor、略称はTLR)です」という。
 TLRは、ヒトでは10種類が確認されており、2007年からその立体構造が次々と解明されている。清水先生が研究に取り組んだ頃、機能が不明なTLR10を除くと解明されていなかったTLRがTLR7, TLR8, TLR9の3つだったという。
 清水先生はTLR7から9の立体構造を明らかにすべく研究を続け、大きな成果を残しておられる。今回はその中でもTLR8の研究について紹介していただく。

TLR8と低分子化合物との
複合体構造の解析に成功


 「哺乳類のTLRは病原体センサーとして働き、病原体から身体を守る自然免疫で重要な働きをしていることが分かっています。中でもTLR7とTLR8は一本鎖RNAを認識します。
 面白いことにTLR7やTLR8は人工的に合成された低分子化合物にも反応します。イミキモド(商品名アルダラクリーム)という医薬品はTLR7を標的としたものであり、実際に臨床で使われています。確かにTLR7やTLR8と反応する低分子化合物はRNAの塩基部分と化学構造が類似しています。
 既に市販されている医薬品ですが、なぜ病態に対して効きめを発揮するのかを解明するには、TLR7やTLR8の構造情報が必要です。そのため我々はまずTLR8の構造解析を行ってきました。
 TLR8とTLR8に反応するCL097などの低分子化合物との複合体構造の解析に取り組み、4年ほど前に化合物が結合した状態および結合していない状態の構造解析に成功しました。それまでTLR8がどのような構造をとっているのか、さらにリガンドがどこに結合しているかさえも分かっていませんでした。我々の研究成果により、結合する場所が分かり、詳細なリガンドの認識機構も解明できたのです」と清水先生。
 TLR8の立体構造解析による解明は、世界中の構造生物学研究者が成果を競いあっていた。その競争に勝ち、世界で最初に成果を発表したのが清水先生を中心とする研究グループだった。
 清水先生は「先を越されたらどうしようと、毎日ドキドキしていました」という。

世界で初めて解析に成功。以来、
次々と疑問を解決する


 「TLR8は一本鎖核酸認識TLRとして初めて構造が明らかにされたTLRです。TLR8はリガンドが結合すると大きな構造変化を起こしていることが分かりました。これは立体構造を解析することで初めて分かったことです。成果を得ると、今度はTLRが天然基質であるRNAをどのように認識しているのだろうという疑問が生じました。また大きく性質が異なる分子がTLR8をどのように活性化しているのかについても興味がわきました。RNAは、大きく長くつながった分子で、その一部分を見ると化合物とよく似ていますが、構造的、化学的には性質がまったく異なります。それらの疑問を解決するためにさらに研究を続け、ついにはRNAとの複合体解析にも成功することができたのです。その結果、TLR8は長いRNAを認識しているのではなく、RNAから切断されてヌクレオチドになったものを認識していることが分かったのです。切断されたヌクレオチドは低分子化合物と構造も、化学的性質もよく似ています。このことによって両者が同様に結合するという長年の謎が解明されたのです。構造解析研究の成果と考えています」と清水先生はいう。
 TLR8とRNAとの複合体構造が明らかになった。TLR8は、ウリジンと一本鎖RNA(UG)を異なる部位で認識し、ウリジンと一本鎖RNAとの相乗効果により活性が上昇していることを証明したのである。このように一本鎖RNAによるTLR8の活性化機構の解明がされた。

学部4年から一人の研究者として
研究活動を展開


 「教室に入ってくると、約2週間のトレーニング期間中に、器具や実験機器の取扱いを学びます。トレーニングが終了するとそれぞれテーマを選択して、一人の研究者としての活動を開始します。先輩のお手伝いではなく、一人ひとり自主的な研究活動を行います。そのためチャンスに恵まれれば、学部4年で成果を出すことも珍しいことではありません。例えば、TLR8の成果につなぐ研究を担当したのは、当時学部4年の丹治さん(現博士課程3年)でした。
 成果が得られたら論文を作成して科学雑誌に発表したり、国内外の学会で発表します」と清水先生。
 最後に東京大学薬学部について聞いた。
 「東京大学薬学部は、学部3年次の2月に教室配属し、ほぼ全員が大学院修士課程に進学します。4年コースの学生のうち修士課程から博士課程に進むのは約半数で、研究職を多くの学生が希望します。薬剤師の資格をとれる6年コースの定員は8名ですが、最近は定員を上回る希望者があり、資格志向を持つ学生が増えているようです」と話していただいた。

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