千葉大学大学院 薬学研究院 臨床薬理学研究室


2000種類以上ある医薬品の
飲み合わせをグループ分けで解決。
国際的な統一基準づくりに貢献する。


製薬企業の創薬・臨床開発研究と、
病院での医療を経験


 樋坂先生は製薬会社で21年間勤務され、創薬研究・臨床開発部門に在職された。東京大学(分子薬物動態学教室)での学位取得後、東大病院で9年間勤務して研究・医療と学生指導を担当した。創薬と臨床試験の研究と医療の全てを経験した大学教授は希な存在だ。中心として行ってきたのは薬物動態学(吸収、分布、代謝、排泄)の研究である。
 製薬企業時代は、創薬途上にある化合物の見極めに注力した。また患者さんでの試験で製薬企業は、薬物の効果と安全性に関する研究を行う。これを臨床開発という。
 動物実験からヒトでの臨床開発に進む化合物はごくわずかだが、臨床開発のステージがフェーズ2、フェーズ3まで進み、最終的に成功する化合物はその中であっても1割程度に過ぎない。残る約9割は臨床開発の過程で失敗する。効果が不十分だったり、肝臓に障害を与えるなど安全性に問題が生じるケースも多い。そのため開発途上の化合物を早期に合理的に評価し、可能性の高い化合物を残し低い化合物の開発中止を決断すれば、トータルではより多くの優れた薬を患者さんに届けられる。そんな活動をしてこられた。
 樋坂先生には、そんな企業活動で蓄積した新薬候補の評価・解析のノウハウがあった。その経験をもとに東大病院で研究を行うことになるのである。

社会のニーズに応える
研究活動を展開


 樋坂先生は「研究室には、私の他に二人の助教がいます。佐藤洋美先生(写真左下)は、耐性がん克服のための研究を行っています。ギャップジャンクションといって細胞と細胞がコミュニケーションをとる仕組みを解明するユニークな研究です。
 免疫チェックポイント阻害薬は今注目を集める画期的な抗がん剤ですが、まだまだ効かない人が多くいます。畠山浩人先生は、効く人と効かない人を分けるために細胞実験や動物実験を行って情報を蓄積しています。高額な薬を確実に効かせるように、医療をさらに革新するための研究です。
 私は、現在は薬物相互作用やいろいろな医薬品の効果を予測する研究を行っています。薬物相互作用とは、薬の飲みあわせで思わず作用が強くなったり弱くなったりすることで、患者さんの治療や生命に与える影響が大きく軽視できない課題です。東大病院に限らず薬剤師は、国が認めた添付文書に記載された副作用・相互作用・使い方の注意などの情報を正確に覚えて対応すべきと定められています。でも相互作用の組み合わせは数が多いので、とても覚えきれないはず。薬物動態学を専門にしてきた立場からすると大きな違和感を感じました」という。
 これまでの経験を生かして、そこから薬剤師のニーズに応えるための研究をスタートさせたのである。

臨床で使用する2000種類以上の
薬をグループ分けして整理


 「日本の臨床で使われている薬は2000種類以上あります。この多くが相互作用を受ける可能性のある薬です。一方で相互作用を起こす薬は約100種類です。したがって、この掛け算の数字だけ相互作用の組み合わせが考えられるのです。
 その全てを調べるのは不可能ですし、実現できたとしても情報が多過ぎて添付文書が複雑になります。実際に病院で使われる薬の組み合わせは膨大な数になるのに対し、薬剤師は添付文書に従った1対1の組み合わせを確認します。しかし病院では5剤、10剤という多剤投与もされているのです。何十万通りの組み合わせを調べるのは時間・費用とも現実的ではありません。製薬企業は、臨床試験の過程で確認した相互作用は添付文書に記載します。臨床開発の段階で判明する相互作用は20種類程度。臨床開発の段階で漏れている組み合わせはたくさんあり、それは誰も調べていません。それは問題ではないかと学会などで訴えてきました」と樋坂先生。
 組み合わせごとの相互作用のリスクが明確になれば、薬剤師がもつ情報は飛躍的に拡大。薬剤師が果たす役割はさらに大きくなる。
 「私は、そのため薬のグループ分けを提案しました。グループとグループの枠組みで相互作用を整理していき、グループ間で注意喚起するものです。実際に作業を進めると、この方法が予想よりも上手くいきました。薬剤師さんが組み合わせを覚えるのは困難ですから、研究者向けの論文だけでなく業界誌と提携して薬剤師さんが臨床で使えるようにポケットサイズの冊子を作成しました。相互作用を受ける薬、相互作用を与える薬、血中濃度が下がる薬をリスク別に並べ、赤の表記同士は危険であることを表示しました」。
 成果を冊子にまとめるなど、成果は臨床に届き始めている。将来はWEBでの情報公開を考えておられる。

医薬品は国際商品
国際的な統一基準作成を目指す


 次第に相互作用の管理システムを構築しようという機運が高まり、私は薬物相互作用のガイドラインをつくる一員になりました。ガイドラインとは、国が認めた新薬を作るときや添付文書の書き方のきまりです。最初に企業が行う実験室での試験で何をチェックすべきかという基準づくりから始めました。その上でリスクが考えられるものはヒトでの臨床試験で確認するようにしました。さらに医薬品はグローバル商品ですから、日本だけでなく日米欧の機関が調整した統一基準づくりが必要です。そのため米国や欧州の同じ仕事をしているグループと実際に会って交渉し、統一基準づくりを進めたのです。例えば相互作用を起こす薬は、程度の強いもの、中程度のもの、弱いものとクラス分けし、このクラス分けも統一して、結果を公表・共有することしています。
 現場の薬剤師のニーズから始めた研究ですが、自然に国際的な活動に発展したのです。
 実は薬剤師は相互作用のリスクを判断するだけではなく、患者さんの状態と医療の目的を理解して2剤のうちどちらを止めるべきかを考え、また必要なら代替薬として何を使うかを提案できる必要があります。薬の飲みあわせだけでも薬剤師の仕事の奥は大変深いと言うことです。この研究室は、社会人に対する卒後教育も担当しています。研究室で学ぶ学生の約半数は6年制の学生ですから、現役の薬剤師さんと接することで強い刺激を受けています」という。
 研究が世界的な活動に発展しても研究課題は医療の現場から常に生まれてくるのだ。

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