「ルールを破るな」しかし「常識にとらわれるな」。
「相互作用で使えない」といわれる薬でも、情報を蓄積すれば使える薬に変えられる。
自称「東大薬学部出身者の中では
変わり者」という大谷教授
大谷先生は、東大薬学部出身者の中でも臨床(薬剤師職)を経験した珍しい存在だ。先生は、学部選択で「化学や生物の知識が人の命を救うのは薬学」との考えで薬学部を選択した。さらに4年次のラボ選択で「せっかく薬学を学んだのだから、将来の研究活動に役立てたい」と東大病院を選んだ。大学院修士課程では薬理を研究。博士課程在学中に、熱心に研究活動しておられた恩師の誘いを受けて東大病院に就職。薬剤師として約5年間働かれた。
いま臨床経験をもつ教員が増えているが、その中でも日本医療の最先端の場で薬剤師を経験した貴重な存在だ。先生はご自身を「変わり者」と表現されるが、その経験が現在の臨床薬物動態学の研究、学生指導に大きく役立っている。
医薬品の情報蓄積の重要性と、
副作用の出ない選択
先生は「医薬品は、最低限の有効性と安全性を確認すれば新薬として発売され、患者さんに投与されます。新薬が出た時は情報は限られていますので、臨床や基礎研究から上がってくる情報を収集して、育てていくことは大切なことです。臨床で使い続けるうちに別の薬効が見つかることがあります。 例えばアスピリンは100年以上も前に創られた薬ですが、今でも新しい適用が出てきます。発売から数十年後には血を固まりにくくする効果を発見。最近では大腸がんの予防効果も見つかっています。古い薬でも情報を増やしていけば、安価で使いやすい薬になります。同じように薬物相互作用の情報も蓄積され、副作用が生じない使用法が確立されていきます。
副作用のない薬ができないだろうかという人がいますが、理論的に副作用のない薬を創ることは困難です。薬の情報を蓄積することで副作用のない使い方を見つけた方が現実的でしょう」という。
個別化医療に必要な情報の蓄積も進められる。この患者さんに投与すると副作用が出るが、この患者さんは一定量を超えなければ副作用は出ないといった情報だ。
臨床における医薬品の適正使用、
副作用の予防をメインに研究
「身体を薬がまわる中で、生体分子と薬物は必ずインタラクトします。タンパク質をコードするのは遺伝子です。個人がもつ遺伝子によりタンパク質が異なり、それに対応した個別化医療(オーダーメイド医療)が注目されています。なかでも我々が注目しているのは薬物相互作用です」と大谷先生。
先生は、薬物相互作用に個人差が生じる要因として、薬物代謝酵素チトクロムP450(CYP)の遺伝的変異に注目。変異型CYPを用いて、阻害剤の阻害特性が代謝酵素の遺伝的変異から影響を受けるか、について研究している。
このほかにも代謝酵素の影響でよく知られているのが医薬品とグレープフルーツジュースの飲み合わせ。薬物代謝酵素のCYP3A4で代謝される薬剤とグレープフルーツジュースを一緒に飲んだ時の作用だ。ジュースに含まれる物質がCYP3A4を阻害することにより薬物の消化管吸収率を上昇させ、血中の薬物濃度が高くなることで薬物の効き目が強くあらわれる可能性がある。反対にグレープフルーツジュースと一緒に飲むとその効果が失われる薬物もある。
医薬品の相互作用は、個人の違い、
食前・食後、食事の量でも違う
代謝酵素であるCYP3A4が薬物の吸収にも大きく関与しているというわけだ。
この例のように、2つの薬物を飲んだ時に影響が生じることがある。いわゆる薬の飲み合わせだ。
大谷先生は「薬が相互に影響して、それぞれの効果が発揮されないケースもあります。これは臨床でも注目されており、AとBを一緒に飲むとAは吸収されなくなるという組み合わせがいくつもあります。このとき消化管の状態が違ったり、食事の種類や量が違うと飲み合わせに影響が出ます。
例えば、空腹時に飲むと相互作用が起こってAが吸収されないが、食後に飲むと相互作用が起こらないという例もあります。このように相互作用の出方に個人差があり、体質や病態、食事などが影響を与えているのではないかという視点で研究しています」という。
これらの情報は、薬剤師間で共有されているのだろうか。
「多くの薬剤師は薬の相互作用を組み合わせで覚えています。この組み合わせはダメと決めて、使えるのに使わないのでは薬物治療の選択肢を狭めてしまいます。私たちの研究は、正しい情報をつくって臨床に提供し、患者さんの治療に貢献することです。製薬会社は薬効に関する研究を積極的に行いますが、副作用や相互作用については一定レベルまで。積極的に研究を行うことはありません。
そこで我々が大学で副作用や相互作用について研究する意味があります。例えば、画期的な新薬でも副作用が強くて使えないという患者さんがおられます。そのとき使える患者さんと使えない患者さんを分けておけば、使える患者さんには100%効く薬になります。最初から効かない患者さんを見分けることができれば、医薬経済学の視点で、また患者視点で有意義な研究といえます」と大谷先生。
この研究室は、薬理、薬剤、分析、生化学などの学問をベースにしており、臨床は総合的な学問の場といえる。
「臨床では、目の前で問題点が生じます。問題点を解決するために文献検索し、分からなければそこから研究が始まります。そのニーズに応えることで薬剤師の力量が認められるでしょう。また基礎力をつけるため医薬品情報の読み方を指導したり、薬を指定してデータをまとめゼミの場でプレゼンする新薬ゼミも特色です」という。
研究室で学ぶ学生は、約半数が薬剤師に、残りの多くが製薬企業に就職する。学んだ知識は、医薬業界の幅広いシーンで役立つため学生に人気の研究室だ。先生は、学生の輪に入って気軽に会話するなど風通しのいい研究室である。