大阪大学大学院 薬学研究科 臨床薬効解析学分野


サイトカインの研究を
心臓病の新しい治療法の開発に
つなげたい。


研究は人の病気の
治療や診断に役立てるため


 藤尾先生は、薬学部で研究するだけでなく、大阪大学医学部附属病院で循環器内科の臨床に従事する医師でもある。研究は、先生の専門領域である循環器の分野を中心に展開している。しかし研究は結果を発表したところで一段落、その研究結果をもとした将来に向けた研究にこそエネルギーを注ぐべきとの考えをもっておられる。
 とはいえ研究は日々の積み重ね。最近の業績とともに学生指導についても聞いた。
 「私どもの研究室は、循環器あるいは腎臓の病気を中心に研究しているのが特徴で、私自身は心臓病に興味を持って研究してきました。病気のモデル(マウス)をつくり、病気をベースにした研究を行っています。病気の本質は何か、病態はどういう現象か、どんな分子が関っているのかなどを解明することが研究の基本スタンスになります。腎臓に関しては、数年前から尾花助教が始めたものですが、慢性腎臓病(CKD)のバイオマーカーをみつける、あるいは、病態形成に関与する遺伝子をみつける研究です」と藤尾先生。

人の死因の約30%を占める
循環器系を中心に研究


 この研究室では、トランスジェニックマウスやノックアウトマウスなどを用いて病態モデルを作り、遺伝子の働きを探索するなどの手法で研究を行う。その目的はヒトの病気への応用だ。心臓に関しては、藤尾先生を中心としたサイトカインの研究と、中山准教授をリーダーとした心筋細胞内カルシウムシグナリングに関する研究を行っている。
 「日本人の死因の15.2%が心疾患です。さらに脳卒中を含む二大循環器疾患だけで総死因の約30%を占めます。昔は、サイトカインは、免疫細胞の機能制御に関与する物質と考えていました。免疫系以外にも働いていることが分かってきました。がんや肝臓、心臓などです。またIL6(インターロイキン)というサイトカインの受容体は、心臓にはないと考えられていましたが、IL6の仲間の受容体が心筋細胞に存在することが分かってきたのです。もともとIL6は、リンパ球などの免疫系に働くサイトカインとして発見されたわけですが、もちろん心臓は免疫系の臓器ではありません。IL-6の仲間のサイトカインは、心臓で一体何をしているのだろうかと思って研究を始め、次第に、心筋の筋肉を守る作用があることが分かってきました。その作用を使って治療ができないかという研究に発展しています。例えば、IL-11(IL-6の仲間のサイトカイン)が、マウスあるいはイヌにおいて虚血再灌流傷害を抑制する効果があることを見出しました。現在、大阪市大との共同研究として、急性心筋梗塞を対象としたIL-11による心筋保護治療に関する臨床研究を、先進臨床薬理学研究プロジェクトの前田准教授が中心となって企画しています」と藤尾先生は語る。

確認のために行った実験で
たまたま見つけた、「おもろい」現象


 藤尾先生は、心筋炎の病態マウスをつくって細胞がどう変わっていくかを調べた。
 「これまで心臓の筋肉の細胞は生まれたら増殖を止めると考えられてきました。ところがヒトのウイルス性心筋炎は治ります。回復した患者さんは元気に生活をしているのです。つまり、ウイルス性心筋炎を発症した患者の多くは、心機能が自発的に回復するということです。心筋の細胞は増殖しないのにどうして治るのか、これを解明すれば心筋の修復に通じると考えました。その機序を解明してやろうと、マウスの心筋炎モデルを使って研究を開始したのです。このモデルは、心筋炎により一旦心臓が傷害を受けるが、その後、自然治癒するという系です。
 研究を続けて行く過程で、心筋炎発症後の回復には、心筋細胞の増殖は関係しないことを証明しておきたいと思い、その確認のために行った実験で、DNAの複製など心筋細胞が分裂、増殖するのに必要な活動が起こっていることをたまたま見出しました」と藤尾先生。

心筋梗塞直後、慢性心不全の
新たな治療法として夢をみる


 藤尾先生は「最初は、心筋の細胞が増えるってホンマかいなと思いながら研究を続けました。増殖を活性化するのに「STAT3」という細胞外の刺激を細胞内に伝えるシグナル伝達分子が必須であることを確認。この分子の遺伝子を欠くと、増殖が低下して心臓の機能が衰えることもわかりました。心不全は心筋細胞が減少して起きるため、増殖の詳しい仕組みを解明して心筋細胞を増やせば、新たな治療法の開発につながる可能性があります。」という。
 「最近、ヒトの心筋細胞が増えていると報告されています。増えているといっても大人では1年間に1%ほどです。ヒトの一生で半分以上がいれかわっていると言われていますが、あまりにゆっくりなので、心臓についた傷を治すレベルではなさそうです。心筋炎のモデルをもっと詳しく調べて、どういう条件下であれば、あるいは、どのような刺激を与えれば、そのようなゆっくりの心筋細胞の増殖が速くなるのかを解明したいと思っています。心臓の再生医療の一つとなるかもしれません。」と藤尾先生。
 心筋炎における心筋細胞増殖による組織修復・再生は、藤尾先生が世界で初めて明らかにした。藤尾先生は「こんなニッチな研究をしている研究者はいないので…」と楽しそうに笑う。

大学の研究室で業績を残すことも大事だが
何より将来に生きる力をつけて欲しい


 藤尾先生に学生教育についても聞いた。
 「学部で研究室配属になり、大学院で研究活動を行い、学生はその研究成果をアピールします。しかしその研究テーマは自分で考えて決めたものでしょうか。多くは指導する教授がテーマを示して行う研究です。学生たちが会社などの第一線で活動するようになれば、自分で考え、自分がリスクを抱え、責任を取りながら研究を進めなければなりません。研究室でデータを出す技術を身に付けることももちろん大事ですが、学生の将来にとってそれだけでは十分ではないと思っています。学生の一生は、大学院時代のように「保護」されているわけではないからです。私は、研究の進め方を自分で考え、問題にぶつかったときどう対処するか、自分で考えて解決していく。そんな地に足をつけた学びをして欲しいと考えています」という。
 学生の将来を真剣に考えている先生だ。

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