千葉大学大学院 薬学研究院 生物薬剤学研究室


前臨床(動物)試験の段階で肝毒性の
発見を可能にして、副作用という薬害を
受ける患者さんを減らす研究。


製薬会社の業績に大きな影響を
与える前臨床・臨床試験の成果


 1995-1997年頃、画期的な経口血糖降下薬が日本と米国、英国で上市されました。しかし臨床で使われると薬物特異体質反応から重篤な肝障害で亡くなる患者さんが続出。臨床から新薬は姿を消しました。莫大な費用と期間、人材を投じてやっと発売できた新薬でした。製薬会社にとってダメージは極めて大きなもの。1万例に一例という発現を前臨床・臨床試験で確認することができなかったのです。
 伊藤先生は「肝毒性で患者さんが亡くなった有名な薬です。その原因は今も解明されていません。特異体質薬物肝障害を引き起こした典型例です」という。

前臨床・臨床試験で確認が難しい
肝毒性に焦点を当てて研究


 「研究室では、主に医薬品の安全性とがん治療薬の研究を行なっています。医薬品の安全性については、前臨床試験の段階で医薬品の安全性を危ないものと安全なものを区別する試験系の研究です。毒性はいくつかあり、例えば発がん性、生殖毒性、中枢に関する毒性、心毒性、肺毒性などがあります。これら生命に関わる致命的な臓器に関する毒性は、前臨床試験で直ちに中止することができます。一方長期間服薬したときに問題になるのが肝臓です。肝細胞に薬をふりかけても毒性を見出すことができません。そのため毒性を正しく予測できないままヒトでの臨床試験に進みます。臨床試験で肝毒性が確認されてドロップアウトする原因になっています。先の例のように市販まで進んで重篤な副作用が生じることも珍しくありません。難しいところが残っている肝毒性に焦点を当てて研究しているのはそんな理由があります」。

遺伝子導入した動物モデルを作
り、肝毒性が動物実験で可能に


 ヒトで起こる肝障害や臓器の毒性は個人差が大きく、障害がおこらない人がいる一方、重篤な障害が生じる人もいる。
 特異体質性の肝障害が前臨床の動物試験、あるいは細胞を使った試験では見逃されていた。動物試験で安全とされても、ヒトでも安全とは限らないのだ。
 伊藤先生は「その原因を調べると遺伝子が関与していました。障害が生じる人の遺伝子では、体質的に薬に対する免疫反応が高まっていました。動物は、ヒトの遺伝子を持ちません。動物に薬を投与しても毒性が現れないのはそのためです。私たちは、動物に遺伝子を持たせ、医薬品の個人差を評価する動物モデルを作りました。いろいろと工夫をしましたが、ある薬の毒性をマウスで再現することができました。ポイントは、免疫系を活性化することでした。ヒトでは、体の中まで開けて見ることができません。しかしモデル動物であれば短時間・複数回の採血をして継時的な変化を見ることが可能です。動物モデルを作ったことで肝臓の中を調べたり、血液を調べることができるようになりました。複数の薬物併用で現れる毒性の条件を見つけることにもつながりました」という。
 製薬企業が使えるような簡便な形、試験管中でも生体内と同じ動物反応が再現できることをアピールできれば製薬業界で使ってもらえる技術になる。実際に製薬企業も期待を寄せているという。サンプル数を拡大する意味でも伊藤先生は共同研究に可能性を感じておられる。

製薬会社やCROが注目する
ミトコンドリア毒性の研究


 肝細胞に薬をかけただけでは毒性を見ることはできない。しかし、ある条件を付加することで臨床の条件と相関するような結果が得られたという。この技術はすでに特許を取得している。こちらも製薬企業やCROが興味を示しており、毒性研究について相談を受けている。近くCROとの共同研究が始まるという。
 研究室ではこのほか、ミトコンドリア毒性にも注目している。ミトコンドリアに対する薬物の影響が一つのキーになっていると考えられているのだ。
 重篤な肝障害、心毒性が心配される薬物の8割はミトコンドリア毒性をもっているとのこと。
 しかも重篤な肝障害リスクが確認されている薬物には、ミトコンドリア毒性が生じるものが全体の半数ほどある。
 ミトコンドリア毒性は薬剤による肝障害発症メカニズムの一つであり、この研究にも注目が集まる。

ゴールまでの道筋を自分で考え
計画的な研究ができるように


 「10年後にどうなっているかを想像しながら研究を続け、結果を残すことは大切なことです」と伊藤先生はいう。
 日本医療研究開発機構(AMED)は創薬シーズ・ニーズの可能性が高い研究をバックアップしており、伊藤先生の研究もこのプロジェクトに取り組んでいる。たとえ素晴らしい研究でも、その成果を企業に使ってもらってこそ評価が得られる。AMEDは、企業と大学を巻き込んだプロジェクトだけに、研究成果が産業界で活用される可能性は高い。そのためには実用に耐えられるものにすると研究を続けている。5年間続けられるプロジェクトは、あと4年。期間内に結果を残していくという。
 研究室では、インシリコ・スクリーニングまで視野に入れた研究を行っている。タンパク質の形と分子の形の相互作用がコンピュータで計算できれば毒性を予測できる可能性があるという。
 伊藤先生は「自分で考えることが大切です。答えがわからないテーマについて、どう道筋をつけ、どんな実験をすれば効果的かを自分で組み立てていく、それは薬剤師になっても役立ちます。データを出すための研究ではなく、10年後どうなっているかを想像しながら成果につなぐ。それが私が伝えたい研究です。そして論文を書くということは大切です。論理を構成し、わかりやすく説明する。特に英語の論文を書くことはいい訓練になります。能力の高い学生は、修士修了時に英語論文を残します。学生の間に英語論文を1報以上書いて欲しいですね。頑張っている学生がいると、周りに与える影響があります。千葉大学の学生は能力が高いのでやる気が出れば教員がいわなくても成長していきます」という。

戻る

トップページへ戻る