慶應義塾大学 薬学研究科 薬剤学講座


小児と胎児の薬物動態は、未開拓の分野。
お母さんと赤ちゃん(胎児)を結ぶ胎盤の研究は、時代を先取りした先駆的研究。


お母さんのお薬服用が
赤ちゃんに影響を与える心配


 口から食べたものは、小腸で取捨選択されて体に吸収される。赤ちゃんにとって、胎盤がその役割を果たす。
 赤ちゃんにとって、胎盤は吸収するだけでなくオシッコやウンチの排泄も受けもつ。胎盤は、赤ちゃんにとって吸収臓器であり排泄臓器の両方の役割を担う存在だ。
 登美先生の研究室では、胎盤に関する研究を行なっている。なかでも薬物の胎児移行メカニズム解析を中心に研究する。
 妊婦さんへの薬の投与は、赤ちゃんへの副作用が心配されるため使い難い。妊婦さんが薬を飲んで胎児に影響するか。それは、胎盤と胎児の関係が大きなファクターになる。
 その部分が解明がされていないので赤ちゃんへの影響もわからない。
 胎盤がどれだけ薬を透過するか、ラットのデータはあるものの、ヒトの赤ちゃんに関しては情報がほとんどないという。

雲をつかむような状態という
胎盤関門の研究


 製薬会社は、新薬の開発で動物実験を通して赤ちゃんに与える影響を評価する。しかし、ヒトでは、ほとんど情報がない。ある程度の情報があっても全く不十分な状況だという。
 登美先生は「脳関門の研究は遅れています。脳にどれくらいの薬が行くか、ヒトのデータは十分になく正確な予測ができません。脳関門がそんな状態であり、妊婦さんの胎盤関門については雲をつかむような状態です」という。脳関門と胎盤関門は共通するところもあるが、トランスポーターの活動やタンパク結合などが異なり、解決しなければならない要素が多いという。
 先生は、発生過程の中で幹細胞が胎盤になるとき、どのようなメカニズムで胎盤関門が構成されるのだろう、どんなものが分泌されるのだろうという疑問をもつ。その解明に向けた研究も進めている。

動物とヒトの種差を乗り越える、
トランスポーターの研究


 登美先生は「私たちは、動物の胎児移行メカニズムとヒトの胎児移行メカニズムのどこが違うのか、ヒトとラットの種差を生み出すものは何かを研究しています。とくに胎盤関門を介して、薬物が胎児に行ったり行かなかったりする。そこにある細胞膜、トランスポーターがヒトとラットではどう違うのかなどを研究しています。種差がなければ、動物データを応用できます。また種差があるなかでトランスポーターを介したら移行性が変わるのか、定量的に理解することを目標に研究しています」という。
 動物になくてヒトにはあるOAT4というトランスポーターがある。種差に関する研究では、OAT4というトランスポーターに関して薬物輸送を評価している。

胎盤は様々なシグナルを
母体に送り続けている


 妊婦さんの健康状態と赤ちゃんの関係も複雑だ。お母さんが高血圧症のとき医薬品の服用が欠かせない。高血圧症治療薬(ARB)の一部の薬剤には、ヒトに対する胎児毒性が報告されている。しかしラットでは明確な毒性が出ないというのだ。
 高血圧症治療薬(ARB)のうち、胎児毒性が出ない薬が確認されれば使える薬が増える。胎盤から出るエクソソーム(細胞外小胞)中のマイクロRNAが肝臓の薬物代謝酵素にどう影響を与えるか、胎盤から母体にどんな信号を送っているかを研究している。
 研究室では、OAT4トランスポーターを介する輸送機構に関する成果を論文発表した。

未開拓の領域、小児・胎児に
スポットを当てる研究


 登美先生は「胎盤は、お母さんに向けて様々な情報を発信しており、それがマイクロRNAやホルモンであることがわかっています。妊娠するとお母さんの体は変化し、薬物動態学的にも肝臓の代謝機能が変わるといわれます。妊婦の薬物動態を考えるうえで、胎盤がどんなメッセージを出しているかを明らかにしたい」と語る。
 胎盤を理解すれば、赤ちゃんに栄養物質や食べ物の中の物質、薬物がどれくらい届くかが明らかになる。
 「高齢者に対する薬物治療が注目を集めてきましたが、小児の薬物治療も大切。その先に妊婦と胎児があります。薬物治療の分野では、胎児や小児は未開拓の領域です。胎児や小児に対する薬物代謝の研究は、貢献できることがたくさんあります。患者が少ない集団に対する薬物治療が重視され、その中に妊婦や胎児も入ります。その研究は社会的な要請でもあります。将来、胎児を治療する時代がくるでしょう。そのようなことを視野に入れた先駆的研究は、大学の使命でもあります」と登美先生。

研究は失敗がつきもの。
失敗を糧にする社会訓練


 先生は「研究室に入ったら自分で考え、活動しなさい、自立するようにと指導しています。研究は、一人1テーマを与えます。学生は、それぞれのテーマについて責任者であり、スペシャリストになってほしいと考えています。研究には主体的に取り組み、自分で道を切り開くことが狙いです」。
 研究は、失敗することが多い。失敗してもその原因を冷静に見つめ、どうリカバリーするか、そして失敗を繰り返すことも社会に出るためのいい訓練という。
 研究を続けるうちに「予測と違うが、こうだと思うと考える学生がいます。そんな時に思いがけないところに研究が動き出すことがあります」という。
 研究室では、病院で妊婦や授乳婦に対する専門性をもつ薬剤師になりたいという学生が学んでいる。そんな目標をもつことも研究には重要だ。
 「胎盤の研究を臨床で役立ててほしい、また新しい薬の開発に活かせるような研究生活を送ってほしい」それが登美先生の願いだ。

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