京都大学大学院 薬学研究科 生体情報制御学分野


遺伝子やタンパク質、細胞の健康な時の状態を知ることで、病気の根本原因の解明につなぐ。

薬学部でありながら病気の研究を進める

 「私たちの身体は60兆個の細胞が集まってできています。病気になるということは細胞の1個に異常が発生して、組織や器官、そして体全体がおかしくなることです。例えば、がん化は1個の細胞がおかしくなり、無限に増殖していくことで起こります。私たちは、1個1個の細胞がどうして元気でいられるのかを調べています。薬学部でありながら薬の研究よりも、病気の領域を研究しています」と中山教授はいう。
 細胞が正常に機能していることを調べることは、細胞の正常な状態を知ること。正常な状態ががわからなければ、病気の状態もわからないと教授はいう。「どうして我々の身体ががんにならずに機能しているのか」、そんな疑問を解明する研究である。
 病気になることは、遺伝子やタンパク質、細胞が異常になること。研究室では細胞中のタンパク質や脂質の機能について調べている。

細胞内の小器官の間の物質輸送を媒介するタンパク質に注目

 中山教授は「細胞の中に細胞小器官があり、そこで情報の交換が行われています。私たちは、観察したいタンパク質に緑色蛍光タンパク質(GFP)を結合させて細胞内の動きを見ています。GFPは、下村脩先生(2008年ノーベル化学賞受賞)がオワンクラゲから発見されたタンパク質です。顕微鏡を覗くと小胞の輸送をみることができ、細胞分裂時のタンパク質の動きを確認できます。細胞分裂では、どうして規則正しく分裂できるのかよくわかっていません。またタンパク質は何万種類もありますが、あるタンパク質が機能すると、各タンパク質はそれぞれ違った働きをします。私たちは細胞内の小器官の間の物質輸送を媒介するタンパク質に注目しています」という。
 タンパク質が細胞内の小胞体で生合成されるとゴルジ体に運ばれ、種々の修飾を受けてそれぞれが働くべき場所に輸送される。研究室では、細胞の中のタンパク質の動きについて、とくに小胞移送の調節、そして小胞輸送が関わる病気について研究している。

肥満を解決すれば、糖尿病など生活習慣病の解明につながる

 研究室では脂肪滴に関する研究も行っていた。小胞輸送による脂肪滴の調節に関する研究だ。
 小胞は、小胞体とゴルジ体の間などを輸送されるが、ゴルジ体から小胞体への逆行輸送に媒介するコートタンパク質(COP1)の機能を阻害すると脂肪滴が肥大化することもつかんだ。
 中山教授は「太っている人はお腹に脂肪を蓄えています。例えば相撲の関取は脂肪の数が多いと思われがちですが、その数は痩せている人と大きな違いがありません。実は一つひとつの細胞にたくさんの脂肪を蓄えており、脂肪細胞自体が大きくなっています。中にはタンパク質輸送が異常で細胞の中の脂肪が増えるという疾患をもつ人がいます」とのこと。脂肪滴をテーマとする研究は、タンパク質輸送の異常を突き止めることで肥満症を解明しようとしているのだ。RNA干渉法(RNAi)でタンパク質輸送を遮断すると脂肪滴が大きくなる。脂肪が大きくなるメカニズムを解明する研究も成果が上がっているという。

身体中の繊毛。繊毛の異常が恐ろしい病気の原因になる

 もう一つ、繊毛に関する研究も重要なテーマだ。「気管支にある繊毛はよく知られていますが、私たちの身体のほぼすべての細胞に繊毛があります。繊毛はゾウリムシだけのものではありません。繊毛の機能に異常が生じるといろんな恐ろしい病気になることがわかっており、繊毛へのタンパク質輸送と病気との関連を調べています」という。
 「例えば眼の視細胞は繊毛が変化したものです。また内耳の鼓膜内側にはリンパ液があり、この振動を繊毛が感知して音を聞いています。この繊毛に異常が生じたら難聴になります。また鼻の嗅細胞には臭いの受容体があり、これも繊毛です。神経細胞にも繊毛がありますが、その役割はわかっていません。心臓などの臓器が左右逆にある内蔵逆位、手足の指が6本ある多指症は発生段階での繊毛異常が原因です。私たちは、繊毛内へとタンパク質がどう運ばれているかを調べています。恐ろしい繊毛病の遺伝子はわかっていますが、それがどのような働きをして病気になるのかを調べています」と中山教授。

どんなに小さなことでも、世界初の現象を見つけよう

 病気の解明につながる研究は、学生にもやりがいのあるテーマのようだ。研究室への配属は3年次に決定し、4年次には本格的な研究に移る。
 中山先生は「学生たちは半年もすれば遺伝子からタンパク質を人工的に作ることができるようになります。遺伝子を突然変異させてタンパク質の機能をおかしくする。その様子を調べることで正常に機能する状態を知ることができるわけです」という。大学院修士課程あるいは薬学科6年次では一人1テーマの研究が始まる。問題を一人で解決に導くプロセスだ。
 研究とは、誰も手がけたことがない領域に踏み入れることであり、試行錯誤して答えを見つけ出す。教授は「どんなに小さなことでも良いので、世界で初めての現象を見つけよう!」と学生に話す。そして研究室を巣立った多くの先輩たちが製薬会社の研究職など第一線で活躍する。
(2014年5月取材)

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