京都大学大学院 薬学研究科 薬品分子化学分野


酵素=触媒(生体反応=触媒反応)研究がベース。生命科学のブラックボックスを、有機化学のアプローチでこじ開ける

4つの研究テーマのベースは触媒の開発と反応の研究

 「私たちの研究室では、4つの研究課題に取り組んでいます。研究は触媒の設計です」と竹本先生。
 生体内の酵素と同じ働きをする人工触媒を有機合成で創るのがテーマという。
 「生体酵素が常温・常圧下で行う分子変換の中で、人類が人工的に再現できるのはほんの一部です。人類未踏の合成反応は今でもたくさん残っています。我々は酵素反応のメカニズムを参考に、反応に必要な部分を予想し、それらを一つひとつ人の手で組み立てて、元の酵素を越える人工触媒を設計することを大きな柱にしています。1つの化合物を設計するだけで目標を達成できることはありません。たくさんの触媒を斬新な発想で設計し、その中から天然酵素を凌駕する切れ味のよい触媒が1つでも見つかれば大成功というわけです。一般に酵素をお手本につくった人工触媒は人にも環境にも優しい化合物である場合が多く、また安価に合成できる触媒であれば、製造コストも抑えられると考えています。
 医薬品をつくる時には、不斉炭素と官能基の数と種類が重要になります。分子中に不斉炭素が1個存在すると、1対の光学異性体が存在します。普通に合成すると2つ、4つ、8つとできてきます。さらに、いろいろな官能基があるとそれらを識別して選択的に反応させる必要も生じるのです。高性能な触媒を設計することによって、これらのハードルをすべてクリヤーし効率的なモノづくりに利用しようという研究です」とのことだ。

挑戦した結果得た課題や失敗は実用化に向けた大きな糧

 「2つ目のテーマは反応の開発です。設計した触媒を使って新しい反応を探す研究です。生体酵素をヒントにつくった人工触媒でも、元の酵素と同じ反応にしか使えないというわけではありません。いろいろな反応基質と試薬の組み合わせを試すことで、予想もしなかったような反応に使えることがあります。研究をやっていて最も楽しいのは、思い通りに研究が進んだときではなく、最初は思いもしなかった意外な結果と出会った瞬間です」。
 触媒設計がオリジナルな芸術作品の創作だとすれば、反応開発は自分の作品に魂を吹き込むこと。世の中で実際に使ってもらえる有用性を示す作業といえる。
 「自分達の触媒を使った反応を自分たちで見つけて社会に発信することも重要な研究の柱です。3つ目のテーマは全合成の研究です。1つの触媒をつくるといろいろな反応に使えます。それを社会に示して他の研究グループに利用してもらうことは大事です。さらに自分たちの手で、医薬品や新しいクスリの種になる可能性のある生物活性天然物質の合成に応用して全合成を達成することにも興味を持っています。
 いろんな官能基を持った医薬品や複雑な構造をした天然化合物の全合成はそう簡単ではありません。その全合成に自分たちが開発した触媒と反応を利用することによって、うまく行く場合はもちろんありますが、失敗することも多々あります。しかし、この失敗から反応の問題点や解決すべき課題が見えてくることもあります。それにより自分たちの触媒の限界をいち早く知り、実用化に向けてさらに改良を加えています。
 このように『触媒設計』『反応開発』『全合成』を一つのパッケージとして、人任せにするのではなく、全て自前で行うことで必要な情報を収集し、理解を深め、より完璧な触媒反応に発展させていきます。こうして日本のモノづくりを支える基盤技術を確立することを目指しています」。

小分子から中分子・巨大分子の合成へ

 「4つ目の柱は生体高分子の合成です。まだ始めたばかりでどこへ行き着くのかもわからないテーマです。以前はクスリといえば、分子量が1000以下の小分子医薬品が中心でした。最近では抗体医薬や核酸医薬など新しいタイプの医薬品が増えてきたこともあり、必要とされる合成ツールが変化しています。抗体や核酸などの生体高分子は、からだの中で生合成されています。そのメカニズムを人工触媒の設計時と同様に模倣すれば、生体分子をつくる人工触媒も設計可能と考えます」と竹本先生。
 竹本先生が目指すのは生命活動を支える生体高分子や抗体医薬などの巨大分子にも適用できる革新的な合成法だ。
 竹本先生は「医薬品は低分子化合物が中心ですが、研究段階のものはタンパク質や核酸のように大きくなってきています。大きくなると制御しなければならないことが多くなり、合成するのが難しくなります。もちろん現段階でも少量の合成は可能です。しかし、大量に低コストでつくるのが難しく、そこで人工触媒を使ってやろうと考えたわけです」という。

抗体医薬を有機合成の手法で短行程、低コストで制作したい

 「抗体医薬の有効性が臨床で評価されていますが、有機化学の視点で考えると、抗体医薬などの医薬品(生物学的製剤)は、生物の力を借りて生産しています。生物学的手法を使ってつくる限り製造過程のブラックボックスの中は解明されません。現在は、他に良い手段がないので使わざるを得ないという状況です。また多くの場合、抗体医薬の薬価はとても高い。我々は、生物学的な力を借りず人の手で”0”から抗体医薬をつくりたいと考えています。ただし、今までと同じ手法では進歩がありません。今までできなかったことを短行程でより低コストでさらに付加価値をつけるため、やることはたくさんあります」と竹本先生。
 さらに「大金を投入すればクスリを創ることはできますが、それでは医療費がどんどん上昇し、手を挙げる製薬企業もないでしょう。廃棄物を出さず、省エネルギー、低コストで患者さんに届ければ、医療費も軽減できます」という。研究を継続するコツを聞いた。
 「有機化学には将来性があり、そこには大きな夢があります。私たちは学生に夢を与え、目標達成の喜びを与えなければなりません。学生達は、私と夢を共有しながらその実現のために頑張っています」と竹本先生。
 興味深い研究を行う研究室だった。
(取材/2015年5月)

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