京都大学大学院 薬学研究科 病態情報薬学分野


核酸医薬のデザインとドラッグ・デリバリーシステム研究

核酸医薬の研究分野で世界を凌駕する存在

 低分子化合物からの創薬が難しくなり、バイオ医薬品が注目を浴びている。バイオ医薬といえば抗体医薬と核酸医薬がよく知られる。とくに核酸医薬は難治性疾患の根本治療につながると期待されている。治療が困難とされる「がん」や「遺伝子疾患」などに対し、高い有効性をもつ医薬品になると考えられるのである。しかし課題はいくつもあり、特に重要なのは効かせたい箇所に薬物を送達するドラッグ・デリバリー・システム技術の確立だ。
 京都大学大学院薬学研究科の高倉喜信教授(病態情報薬学分野)は、世界でも核酸医薬の研究でトップグループを走っている。核酸医薬の基礎研究は着々と進められているのである。研究活動について高倉教授に話を聞いた。
 「私たちは遺伝子や核酸医薬をテーマに医薬品候補化合物の配列デザインとドラッグ・デリバリー・システムを最適化する研究を行っています。最近では、細胞自身を治療に使う細胞療法の試み、また細胞から分泌されるエクソソームと呼ばれるユニークな物質を利用した新しいデリバリー研究にも着手しています」と高倉教授。
 研究成果を治療が確立されていない疾患に使える医薬品の創出につなぎたい考えだ。研究室の特徴を聞くとオリゴ核酸や遺伝子から細胞治療薬の開発まで核酸医薬に関連した研究のほとんどをカバーしており、幅広い知識を得ることができるという。
 研究の一端について紹介しよう。

肝臓がん・肝炎やアトピー性皮膚炎の根治治療をめざす研究

 まず紹介いただいたのが遺伝子治療に用いるベクターのデザイン。1回の投与で効き目が240日間も持続するというINF(インターフェロン)治療を実現している。高倉教授は「非ウイルスベクターの開発を進め、INF遺伝子の長期発現を実現しました。広島大学大学院医歯薬学総合研究科との共同研究でヒトの肝細胞をもつキメラマウスにベクターを投与したところ、数ヶ月の治療が必要だったC型肝炎ウイルスが3日目に完全に消えました。世界で初めてだと思います」という。
 C型肝炎ウイルスは、その感染から肝硬変、肝臓がんと進行するため、がん発症リスクが高い。肝臓に少しでもウイルスが残れば発症の危険があるが、研究成果はC型肝炎ウイルスが全く無くなるという快挙だ。
 「INFの研究ではアレルギー改善への応用研究も進め、現在、京都大学大学院医学研究科皮膚科学分野とアトピー性皮膚炎の治療についても共同研究しています。C型肝炎ウイルスと同じベクターがアトピー性皮膚炎にも有効と考えているわけです。INFは投与後すぐに消失してしまう性質がありますが、研究でINFを体内で持続的につくり出すことを可能にしました。アトピー性皮膚炎は免疫細胞(Th1とTh2)のバランスが崩れた状態です。INF-γが免疫細胞のバランスを正常な状態に戻します。ベクターを投与することで皮膚炎はほぼ完治します」という。

機能性オリゴ核酸を疾患治療に利用する-RNA干渉と多足型CpG DNA-

 研究室ではRNA干渉の研究も進めている。siRNAがRNA干渉に係わっており、mRNAを効率よく選択的にノックダウンすることで遺伝子の発現を抑制する。これを遺伝子治療に役立てようという研究だ。マウスでのRNA干渉を評価したところ肝臓や腎臓、筋肉などでRNA干渉による遺伝子発現抑制が可能だということ明らかにした。高倉教授は、がんの増殖に必要な遺伝子のノックダウンにより効果が得られることをつかみ、がんのモデルマウスで効くことを確認している。さらに効果を高めたい意向で、現在は広い範囲にノックダウン効果を伝える伝播システムのデザイン研究を進め、劇的な効果増強を狙っている。RNA干渉によりがん細胞の増殖や転移に関する遺伝子発現を抑制できれば、副作用の少ない分子標的治療薬が創出できると考えられている。
 核酸ナノデバイス・ハイドロゲルの開発という西川准教授が中心に進める研究もユニークだ(米コーネル大学と共同研究)。
 病態情報薬学分野(研究室)では、自然免疫を活性化するCpG DNAを立体化することでその免疫活性が増強できるという仮説を立てた。そこでデオキシリボ核酸(DNA)の二本鎖を操作することで、複数の核酸を結合させることを可能にした(下図上)。これを応用すれば足がいくつもあるユニークな核酸を作ることができる。足の本数を増やすと活性が高まっていくこともつかんでいる。
 さらにDNAを網目状の構造体にすることができ、酵素を使うことなくゲル化する技術も確立した(下図下)。これを応用すればゲル化させる前に注射で投与し、体内でゲル化させることができるので、患者の負担も軽減できる。CpG配列を組み込んだゲルに抗原タンパク質を封入して免疫活性を高めることもできる。様々な内封物質が封入でき、その放出速度制御もできる汎用性の高い発明だ。

研究室活動を通じて研究者として成長していく

 病態情報薬学分野は学生に人気の研究室であり、そのため優秀な学生が集まるようだ。薬学科・薬科学科どちらの学生も受入れており、4年次から学生一人ひとり個別のテーマで研究活動を行う。
 高倉教授は「京都大学に入学したら学問や研究をエンジョイしてください。研究室では、大きな方向の中であれば自由に研究してもらいます。やったことがそのまま結果になるのが研究です。しかし予想とは違う結果になったときは、何か新しい現象を見いだそうとしているのかもしれません。そのため失敗した実験結果も報告するように学生を指導しています。毎週月曜日の報告会で学生たちはプレゼンテーションします。学会前にはリハーサルも行います。また困ったことがあればディスカッションしますので、他のメンバーの研究についても知識を共有できます。そんな日々の活動が学生を成長させているのでしょう。多くの学生が、希望通りの就職を達成して巣立っていきます」と話しておられた。
(取材/2012年5月)

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