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“活性水素”を利用した新しい酸窒化物の合成法の開発(2015/10/20)
竹入 史隆 京都大学 大学院工学研究科 博士後期課程学生、矢島 健 同特定助教(現、東京大学 助教)、小林 洋治 同講師、陰山 洋 同教授らは、マイナス電荷をもつ水素イオン(ヒドリド注1))の高い活性を利用した酸窒化物注2)の新しい合成法の開発に成功しました。本研究成果は、英国科学誌「ネイチャーケミストリー(Nature Chemistry)」誌(ロンドン時間10月19日電子版)で公開されました。
現在、陶器、電子部品など身の回りでつかわれているセラミックス材料は、酸素イオン(O2−)からなる酸化物です。近年、酸素イオンと窒素イオン(N3−)の両方を含む酸窒化物が、可視光触媒などの(酸化物にはない)優れた特性を示す次世代材料として大きな注目を集めています。しかし、酸窒化物の合成には高温(900〜1500℃)のアンモニア気流中で焼成するという過酷な条件が必要であり、組成と構造に大きな制約があるため機能の制御が困難でした。
本研究では、酸化物の中に存在するマイナス電荷の水素イオン(ヒドリド、H−)が高い活性を有することに着目して、温和な条件で酸窒化物を合成する新しい手法を開発しました。陰山教授らは2012年に、ヒドリドを大量に有する酸化物の合成に成功し、その結果をネイチャーマテリアルズ誌に報告しています。今回、同物質をアンモニア気流中、500℃以下の温度で処理したところ、物質中のヒドリドがアンモニア分子(NH3)の窒素と結晶骨格を保ったまま交換し、最終的に酸窒化物が得られることを見出しました。酸窒化物は、次世代の強誘電材料注3)の候補として期待されており、本研究により得られた酸窒化物は、試料全体の機能が制御された強誘電性を示す初めての例となります。このように酸化物の中に存在する“活性水素”を利用することにより、今後、酸窒化物に限らず、従来は不可能であったさまざまな無機材料の設計が可能になると期待されます。
本研究成果は本学、ペンシルベニア州立大学、東京大学、米国国立標準技術研究所、ケント大学との共同研究です。また本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)「超空間制御に基づく高度な特性を有する革新的機能素材等の創製」(研究総括:瀬戸山 亨 三菱化学株式会社 フェロー・執行役員、平成26〜31年度)、日本学術振興会の最先端研究開発支援プログラム「新超電導および関連機能物質の探索と産業用超電導線材の応用」(中心研究者:細野 秀雄 東京工業大学 教授、平成22〜25年度)の支援を受けて行われたものです。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20151020/index.html

皮膚の健康と病気を調節する脂質の新しい役割の発見 ~難治性皮膚疾患の治療に向けての新しい創薬に期待~(2015/10/13)
公益財団法人 東京都医学総合研究所の村上 誠 参事研究員、山本 圭 研究員らは、脂質を分解する酵素の研究から、皮膚の健康と病気を調節する新しい脂質メカニズムを発見しました。表皮角化細胞(ケラチノサイト)の酵素が新しい活性を持つ脂質を作り出し、皮膚の分化と肥厚を進めることを初めて見つけました。この成果は、乾癬注1)や皮膚癌などの病気の新しい診断法や治療薬の開発につながると考えています。
この研究は、京都大学の椛島 健治 教授、千葉大学の神戸 直智 准教授、米国 ワシントン大学のMichael Gelb 教授、仏国 CNRS研究所のGérard Lambeau 教授らとの共同研究により、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)(平成27年4月1日より、本研究課題は日本医療研究開発機構(AMED)に承継され、引き続き研究開発の支援が実施されています)および日本学術振興会 科研費(新学術領域研究、基盤研究)の一環として行われました。この研究は、2015年10月5日(米国東部時間)に米国科学誌『Journal of Experimental Medicine(ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・メディシン)』にオンライン掲載されました。
<研究の背景>
脂質は皮膚にとって非常に大切な生体成分です。外界に接する皮膚表面の表皮角化細胞(ケラチノサイト)は脂質(特にセラミド)の層を作り、体内からの水分の蒸散または病原体などの侵入から体を守っています。日常、表皮角化細胞は分化と増殖を行っていますが、このサイクルが壊れると皮膚のバリアが乱れ、治療の難しい乾癬やかぶれ(接触性皮膚炎)注2)などのアレルギーにつながります。しかし、セラミド以外の脂質が皮膚でどのような役割をしているかについては十分理解されていませんでした。村上研究員らは、リン脂質を分解する酵素(ホスホリパーゼA2注3))に関する研究を進める中で、表皮に存在する酵素によってできるユニークな脂質(リゾ型リン脂質注4))が健康や病気の調節に重要な役割を果たしていることを発見しました。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20151013/index.html

光で細胞内の酵素のはたらきを自在に操作する(2015/10/1)
ポイント
ヒトのインスリン代謝などに関係するタンパク質リン酸化酵素Akt注1)(図1)の酵素活性を、光照射により分単位で操る手法を開発し、Akt活性の時間的な変動パターンが細胞応答を制御する新規メカニズムが存在することを証明しました。
人工の光感受性Aktと数理モデルを組み合わせ、世界で初めて細胞内のAkt活性の時間的な変動パターンを自在に操作することを可能としました。
Aktは糖尿病やガンをはじめとしたさまざまな疾患に密接に関連する分子であるため、Aktによる疾患発症のメカニズム解明や薬剤の最適な投与量や時間の提案などに寄与することが期待できます。
生命がその機能を正常に発揮し恒常性を維持するためには、細胞内のさまざまな分子の活性が、体内時計や睡眠、栄養摂取などに応じて適切な時間パターンで上昇・下降することが必須です。これまで生体内における分子の活性を化学物質や人工タンパク質で人為的に操作するさまざまな手法が開発されてきましたが、操作の強度を指定した「定量的な操作」や一度活性化した後に再び不活性化させる「可逆的な操作」が困難であるというボトルネックが、さらなる応用研究を妨げてきました。
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻の桂 嘉宏 大学院生と小澤 岳昌 教授らは、東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻の黒田 真也 教授の研究グループとの共同研究により、新規に作製した人工の光感受性分子とシミュレーション解析を用いて、細胞内における酵素活性の時間的な変動パターンを定量的かつ可逆的に光操作する手法の開発に成功しました。また、開発した手法を用いて、酵素活性の時間的な変動パターンによって、細胞内で誘導される遺伝子発現の誘導強度が異なることを明らかにしました。
本研究で光操作の対象としたタンパク質リン酸化酵素Aktは、糖尿病やガンといったヒトにおけるさまざまな疾患において、その活性が異常な時間的変動パターンで上昇・下降することが知られています。そのため、Akt活性の時間的な変動パターンと細胞応答との関係性を詳細に解析しうる本手法は、今後、インスリンなどの薬剤の最適な投与量および時間の提案やAktが関与する疾患発症のメカニズム解明などに寄与することが期待されます。また、本研究で確立した一連の方法論は、Akt以外の分子にも応用可能である汎用性があり、近年注目が集まっている「生命機能を光によって意のままに操る」研究全般の発展に貢献することが期待できます。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)(「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」研究領域、研究代表者:黒田 真也)、日本学術振興会 基盤研究(S)(研究課題番号:26220805)挑戦的萌芽研究(研究課題番号:26620128)の一環として行われ、内藤記念科学振興財団、アステラス病態代謝研究会、にご支援をいただきました。
<発表内容>
① 研究の背景・先行研究における問題点
生体内における酵素などの分子の活性は、あらゆる生命機能の維持や発揮に不可欠であり、分子活性を人為的に操作する手法は古くから研究されています。近年、光感受性タンパク質を分子に組み込み、光照射で分子機能を操作する「オプトジェネティクス」と呼ばれる技術が注目されています。化学物質を用いる古典的な操作法と異なり、オプトジェネティクスは、光によって時空間的な操作が可能な点に大きな特徴があります。化学物質は生体内で拡散するため不可逆的な操作になる一方、光による操作は、レーザーなどの指向性の高い光源を用いることで、時空間的に自在な操作が可能です。しかし、このオプトジェネティクスにおいても、どのように光を照射すれば、どの程度、光感受性分子が活性化するかという定量的な見積もりが困難であるという大きな問題があります。すなわち、光照射という生体に与える「入力」と光感受性分子による「出力」を結ぶための何らかの一般的な技術・方法論の開発が急務とされています。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20151001-3/index.html

糖分を細胞内に輸送する膜たんぱく質の立体構造と動きを解明 ~肥満やがんの抑制策に役立つ新たな知見~(2015/10/1)
ポイント
抗体を用いる独自の結晶化技術により、ヒト・哺乳類において糖分子を細胞内に輸送する膜たんぱく質の立体構造を解明した。
膜たんぱく質が柔軟に立体構造を変化させて、特定の糖分子を選択的に細胞内に取り込む仕組みが分かった。
肥満やがんを抑制する薬剤の分子設計などにつながる基盤情報が得られた。
京都大学 大学院医学研究科 野村 紀通 助教、岩田 想 教授らは、ヒト・哺乳類において細胞内に果糖を選択的に輸送するGLUT5(グルットファイブ)注1)という膜たんぱく質の立体構造を解析し、GLUT5が細胞膜において細胞の外側に向けて開いた状態(以下、「外開き」)と内側に向けて開いた状態(以下、「内開き」)の2つの立体構造を介して果糖を細胞内に輸送していることを明らかにしました。
ブドウ糖や果糖などの糖分子は生命維持に必須ですが、食物中の糖分子は糖輸送体という膜たんぱく質を介して、細胞内に取り込まれてエネルギーなどへ変換されます。この糖輸送体のうち、促進拡散によって糖分子を輸送する膜たんぱく質(GLUT)は、肥満や糖尿病だけでなく、がんの細胞増殖制御にも関与していることが知られています。
本研究グループでは、抗体フラグメント注2)を結晶化の促進因子として用いる独自技術により、ヒトのGLUT5とよく似ているラットのGLUT5を結晶化することに成功し、その立体構造を原子レベルで解明しました。得られた立体構造は、GLUT5が外開きの状態であり、細胞の外からの果糖の流入・結合を待ち受けている構造と考えられます。また、ウシのGLUT5を結晶化し、立体構造を解明することにも成功しました。この立体構造は内開きの状態で、GLUT5が細胞内に果糖を放出して輸送を終えた瞬間の構造と考えられます。さらに、これらの立体構造を比較したところ、GLUT5を構成する2つの大きな部位が開閉するだけでなく、それらの部位の内部でも局所的な構造変化が起こることで、一度結合した果糖を細胞外に逃さずに効率良く細胞内に送り込むためのゲートが形成されることが明らかになりました。
これらの立体構造の情報は、GLUT5の輸送活性を阻害するための薬剤の分子設計に重要な指針を与えるものであり、今後、肥満や生活習慣病の予防・治療薬やがん細胞のマーカーなどの開発につながることが期待されます。
今回の研究開発は、JST 戦略的創造研究推進事業による支援を受けています。また、本研究はスウェーデン王国・ストックホルム大学のDavid Drew(デイビット ドリュー)博士らとの国際共同研究チームで行ったものです。本研究成果は、2015年9月30日(英国時間)に英国科学誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20151001-2/index.html

ミトコンドリアの膜透過装置TOM複合体の相互作用地図の作成により、 タンパク質搬入口として働く仕組みを解明(2015/9/25)
ミトコンドリア注1)は細胞内で生命活動に必要なエネルギーを産生し、ヒトではその正常機能がヒトの健康につながります。ミトコンドリアの機能低下は老化やさまざまな病態と関連することが知られています。正常機能のミトコンドリアを維持するためには、ミトコンドリアの外(サイトゾル)からミトコンドリア内にミトコンドリアを構成する1000種におよぶタンパク質を配送する必要があります注2)。このミトコンドリアへのタンパク質搬入口として働くのが、複数のタンパク質が組み合わさって出来たTOM複合体注3)です。今回研究グループは、TOM複合体でタンパク質の通り道となるTom40と他のタンパク質、およびTOM複合体を通過中の前駆体タンパク質注4)との精密な相互作用地図を作成することに成功しました。この相互作用地図から、Tom40がつくる円筒状(βバレル)構造の孔を前駆体タンパク質が通ること、この孔の内側には通過するタンパク質の性質に応じてカスタマイズされた通り道が複数用意されていること、Tom40の孔の出口には、通過してきた前駆体タンパク質を受け取るシャペロンタンパク質注5)を集める仕掛けがあることが分かりました。さらにTOM複合体には3分子のTom40から成る孔が3つの完成型(機能複合体)と、2分子のTom40から成る孔が2つの準備型(Tom40組み込み用複合体)という2つの状態があり、それらの状態を往き来することで、常に新しいTom40をTOM複合体に組み込み、正常機能を維持できることが明らかになりました。ミトコンドリアへのタンパク質搬入のメカニズムの解明により、ミトコンドリアへのタンパク質配送に関連する病気の治療法の開発や、ミトコンドリアへのタンパク質配送の効率を制御することで老化を防ぐなどの可能性が開けることが期待されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術(研究総括:田中 啓二(東京都医学総合研究所 所長))」における研究課題「ミトコンドリアをハブとする構造機能ネットワークの解明」の一環として行われました。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20150925/index.html

アミノ酸代謝促進で長寿に ~Sアデノシルメチオニン代謝が寿命延長の鍵~(2015/9/24)
ポイント
ショウジョウバエでは、加齢にともなって体内のSアデノシルメチオニン(SAM:注1))量が増加していくこと、人為的にSAM代謝・消費を促進してSAMの増加を抑えることで寿命が延長することを発見した。
ショウジョウバエでは、食餌制限やインスリンシグナル抑制による寿命の延長にもSAMの代謝が必須であることを発見した。
SAM代謝調整機構はヒトにも保存されており、本研究成果を応用した健康・長寿の新たな戦略の開発が期待される。
摂取カロリーの制限による寿命の延長は、酵母、線虫、ショウジョウバエ、マウスからヒトまで種を超えて広く見られる現象です。近年の研究から、実際には総カロリーではなく、摂取する食餌の質が寿命の延長に重要であることがわかってきました。中でも、必須アミノ酸の一種であるメチオニンだけを制限することでも寿命が延長することが示唆されています。しかし、その詳しいメカニズムは明らかになっていませんでした。
東京大学 大学院薬学系研究科の小幡 史明 特任助教(研究当時、現:英国The Francis Crick Institute研究員)、三浦 正幸 教授らの研究グループは、メチオニンそのものではなく、メチオニンから合成されるSアデノシルメチオニン(SAM)の代謝が寿命延長の決定要因であることを、ショウジョウバエを用いて明らかにしました。本研究グループは、ショウジョウバエの脂肪組織にSAMの量を一定にしようとする仕組みがあることを発見し、この機能を担う酵素とその遺伝子を特定しました。SAMの量を詳しく分析してみると、老化したショウジョウバエの体内ではSAM量が増加していました。そこでSAM量を調節する酵素の働きを遺伝学的に強めると、代謝が促進され加齢に伴うSAM量の増加が抑えられ、個体の寿命が延長することが分かりました。さらに、SAM量を調節する酵素の機能を欠損させたショウジョウバエでは、食餌制限による寿命延長効果が見られないことから、SAM量の調節が寿命延長の鍵となる要因であることを見出しました。SAM代謝経路はヒトにも保存されていることから、本研究成果によって明らかになった新たな寿命延長機構がヒトにもあてはまるかを検討し、効率的かつ安全に健康・医療へ応用されることが期待されます。
本研究は、文部科学省 科学研究費補助金基盤研究(S) 「発生頑強性を規定する細胞死シグナルの解明」(研究代表者:三浦 正幸)、挑戦的萌芽研究 「メチオニンによる腸幹細胞の増殖制御機構の解明」(研究代表者:小幡 史明)と、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業の研究領域「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」(研究総括:永井 良三)※における研究課題「個体における組織細胞定足数制御による恒常性維持機構の解明」(研究代表者:三浦 正幸)の一環で行われました。
※平成27年4月1日に日本医療研究開発機構(AMED)が設立されたことにともない、本研究課題はAMEDに承継され、引き続き研究開発の支援が実施されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20150924-3/index.html

「貯蔵された記憶を可視化・消去する新技術を開発」 記憶のメカニズム解明に前進(2015/9/10)
ポイント
神経細胞上の樹状突起スパインが学習・記憶に伴い増大することに着目し、新生・増大スパインを特異的に標識し、青色光でそのスパインを収縮させる事が可能な蛋白質プローブ(記憶プローブ)をマウスで開発し、学習・記憶が貯蔵されている場所を可視化・操作する新技術を世界に先駆けて確立しました。
運動野を記憶プローブで標識後に青色光を照射すると、運動学習で獲得された記憶が特異的に消去され、記憶は脳内の少数の神経細胞に密に書き込まれていることが明らかになりました。
こうして記憶に関わるスパインの脳内の大域的な分布を標識する可能性が拓かれ、脳機能やその疾患の解明に新しい糸口が開かれました。
大脳皮質の数百億もの神経細胞はシナプス注1)を介して情報をやり取りしており、特にグルタミン酸作動性シナプスの多くは樹状突起スパイン注1)という小突起構造上に形成されます。スパインは記憶・学習に応じて新生・増大し、それに伴いシナプスの伝達効率が変化するので、脳の記憶素子と考えられてきました。しかし、記憶の獲得時に、実際に使われている多数の記憶素子の分布を同定し、実際の記憶への関与を検証する方法はありませんでした。今回、東京大学 大学院医学系研究科 附属疾患生命工学センター 構造生理学部門の林(高木) 朗子 特任講師、河西 春郎 教授らの研究グループは、学習・記憶獲得に伴いスパインが新生・増大することに注目し、これらのスパインを特異的に標識し、尚且つ、青色光を照射することで標識されたスパインを小さくするプローブ(記憶プローブ、図A)を開発しました。この記憶プローブを導入したマウスでは、運動学習によって獲得された記憶が、大脳皮質への青色レーザーの照射で特異的に消去されました。また、各々の神経細胞における記憶に関わるスパインの数を数えたところ、大脳皮質の比較的少数の細胞に密に形成されていることがわかり、記憶を担う大規模回路の存在が示唆されました。こうして、スパインが真に記憶素子として使われている様子を可視化し、また操作する新技術を世界に先駆けて確立しました。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の「脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」(平成27年度より文科省より移管)、戦略的国際科学技術協力推進事業 日英研究交流「次世代光学顕微法を利用した神経科学・病因解明につながる分子メカニズムへの挑戦」(平成27年度以降JSTからAMEDへ移管)、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業および文部科学省・科学研究費の支援を受けて行ったもので、国際科学誌「Nature(電子版)」に2015年9月9日(英国時間)付オンライン版で発表されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20150910/index.html

血中乳酸値の制御メカニズムを解明 ~敗血症などの重篤な病態に対する新しい治療法の開発へ~(2015/9/9)
心不全、敗血症などの重篤なショック状態により血中乳酸値が上昇することで引き起こされる乳酸アシドーシス注1)は、致死率が約50%と高く、早急な対応が求められる病態です。
この度、慶應義塾大学 医学部の南嶋 洋司 特任講師、壽原(すはら)朋宏 医師(大学院 医学研究科 博士課程)、菱木 貴子 専任講師、笠原 正貴 東京歯科大学 教授らのグループは、乳酸アシドーシスにつながる血中乳酸値の上昇に対して、酸素濃度センサー分子であるプロリン水酸化酵素PHD2注2)を不活性化させることによって、肝細胞がより多くの乳酸を血中から取り込むことで血中乳酸値を低下させるメカニズムを解明しました。
従来、細胞の酸素濃度センサーであるPHD2が不活性化すると、低酸素応答(利用できる酸素が少なくなった時に細胞が見せる応答反応)が活性化して、大量の乳酸が細胞から血中に放出されるとされていました。しかし、今回の研究によって、「肝細胞における低酸素応答は、乳酸の放出を亢進させるのではなく逆に乳酸の取り込みを活性化させる」という、従来の認識を覆す新たな事実を証明しました。
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業の一環として、慶應義塾大学 医学部と米国のハワード・ヒューズ医学研究所およびハーバード大学 医学部 ダナ・ファーバー癌研究所との共同研究で行われました。
本研究成果は、2015年8月31日(米国東部時間)に米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン速報版で公開されました。
http://www.keio.ac.jp/ja/press_release/2015/osa3qr0000012oda.html
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20150909/index.html

培養細胞での増殖能を大きく上昇させたインフルエンザウイルスの作出に成功 ~季節性ワクチン及びパンデミックワクチンの有効性上昇と迅速製造の道筋をつけた~(2015/9/2)
ポイント
培養細胞で高増殖性を有するインフルエンザウイルスを作出した。
培養細胞での増殖性の悪さが培養細胞ワクチン製造の大きな壁になっていたが、その壁を乗り越え、高い生産効率の培養細胞ワクチン作製に向け大きく前進した。
従来の受精卵ワクチンに見られたようなワクチン製造過程で起きる抗原変異による有効性低下の懸念がないワクチンの生産や、迅速でかつ効率的なパンデミック対応ワクチンの生産が可能になる。
東京大学 医科学研究所ウイルス感染分野の河岡教授らは科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業及び日本医療研究開発機構(AMED)(平成27年度以降)の革新的先端研究開発支援事業などの支援を得て、培養細胞で高い増殖能を有するウイルスの作出に成功しました。
培養細胞で高い増殖性を有するウイルスを作出した初めての例です。河岡教授が既に発表しているリバースジェネティクスの手法(図2)を用いて、インフルエンザウイルスの2種類の主要な抗原タンパク質を入れ換えるだけで、理論的にはどのような型のウイルスでも同様の方法で高増殖性ウイルスの作出が可能となります。
現在の季節性インフルエンザワクチンは受精卵(発育鶏卵)でウイルスを増殖させて製造していましたが、この製造過程で抗原変異が起こりワクチンの有効性が大きく低下することが知られていました。培養細胞でウイルスを増殖すると抗原変異が入る危険性が低減され、より有効なワクチンを製造することが可能になります。
しかし、大きな問題点として培養細胞ではウイルス増殖性が悪いという欠点がありました。その欠点を克服するウイルスを作出したという成果が今回の発表となります。この成果により製造過程での抗原変異が大きく軽減された高生産能の培養細胞でのワクチン製造が期待できます。
高病原性インフルエンザウイルスによるパンデミック対策として、国は迅速な製造が可能な培養細胞を用いて製造するパンデミックワクチンの備蓄に取り組んでいますが、その生産性の低さが大きな問題となっていました。今回の成果はその問題をも克服できるものです。
今回の成果は、従来の季節性インフルエンザワクチンに比べ高い有効性が期待でき、またパンデミック発生時には迅速かつ十分な量のワクチン供給が期待できるものです。本研究は、東京大学、米国ウィスコンシン大学と共同で行ったものです。本研究成果は、2015年9月2日(イギリス時間)、英国科学雑誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。
本成果は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業、日本医療研究開発機構(AMED)(平成27年度以降)革新的先端研究開発支援事業、文部科学省 感染症研究国際ネットワーク推進プログラムなどの一環として得られました。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20150902-3/index.html

培養細胞での増殖能を大きく上昇させたインフルエンザウイルスの作出に成功(2015/8/31)
~季節性ワクチン及びパンデミックワクチンの有効性上昇と迅速製造の道筋をつけた~
1.発表者: 河岡義裕 東京大学医科学研究所感染・免疫部門ウイルス感染分野 教授
2.発表のポイント:
◆培養細胞で高増殖性を有するインフルエンザウイルスを作出した。
◆培養細胞での増殖性の悪さが培養細胞ワクチン製造の大きな壁になっていたが、その壁を 乗り越え、高い生産効率の培養細胞ワクチン作製に向け大きく前進した。
◆従来の受精卵ワクチンに見られたようなワクチン製造過程で起きる抗原変異による有効性 低下の懸念がないワクチンの生産や、迅速でかつ効率的なパンデミック対応ワクチンの生産が 可能になる。
3.発表概要: 東京大学医科学研究所ウイルス感染分野の河岡教授らは科学技術振興機構(JST)の戦
略的創造研究推進事業及び日本医療研究開発機構(AMED)(平成27年度以降)の革 新的先端研究開発支援事業などの支援を得て、培養細胞で高い増殖能を有するウイルスの 作出に成功しました。
培養細胞で高い増殖性を有するウイルスを作出した初めての例です。河岡教授が既に発 表しているリバースジェネティクスの手法(図2)を用いて、インフルエンザウイルスの 2 種類の主要な抗原タンパク質を入れ換えるだけで、理論的にはどのような型のウイルス でも同様の方法で高増殖性ウイルスの作出が可能となります。
現在の季節性インフルエンザワクチンは受精卵(発育鶏卵)でウイルスを増殖させて製 造していましたが、この製造過程で抗原変異が起こりワクチンの有効性が大きく低下する ことが知られていました。培養細胞でウイルスを増殖すると抗原変異が入る危険性が低減 され、より有効なワクチンを製造することが可能になります。
しかし、大きな問題点として培養細胞ではウイルス増殖性が悪いという欠点がありまし た。その欠点を克服するウイルスを作出したという成果が今回の発表となります。この成 果により製造過程での抗原変異が大きく軽減された高生産能の培養細胞でのワクチン製造 が期待できます。
高病原性インフルエンザウイルスによるパンデミック対策として、国は迅速な製造が可 能な培養細胞を用いて製造するパンデミックワクチンの備蓄に取り組んでいますが、その

生産性の低さが大きな問題となっていました。今回の成果はその問題をも克服できるもの です。
今回の成果は、従来の季節性インフルエンザワクチンに比べ高い有効性が期待でき、ま たパンデミック発生時には迅速かつ十分な量のワクチン供給が期待できるものです。本研 究は、東京大学、米国ウィスコンシン大学と共同で行ったものです。本研究成果は、 2015 年 9 月 2 日(イギリス時間)、英国科学雑誌「Nature Communications」のオン ライン速報版で公開されます。
本成果は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業、日本医 療研究開発機構(AMED)(平成27年度以降)革新的先端研究開発支援事業、文部科 学省 感染症研究国際ネットワーク推進プログラムなどの一環として得られました。
http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/files/150902.pdf

運動機能と感覚機能を併せ持つ鞭毛を発見(2011/4/11)
(鞭毛・繊毛に由来する疾病のメカニズム解明に期待)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、曽我部 正博 名古屋大学 大学院医学系研究科 教授らの研究グループは、運動する鞭毛・繊毛注1)が力を感じる能力(機械受容能)も持ち合わせていることを初めて明らかにしました。

鞭毛・繊毛は、精子や気管上皮細胞などでは運動器官としてのみ働き、一方、腎臓などにある一次繊毛注2)は運動機能を持たず、機械刺激注3)を感知するといった感覚器官としての機能のみを持つことが知られています。このように、従来、鞭毛・繊毛は運動器官として、または感覚器官として機能するものが別々に2種類あると考えられてきましたが、本研究で初めて、運動機能と感覚機能を併せ持つ鞭毛・繊毛があることが明らかになりました。本研究で用いた単細胞真核生物のクラミドモナスは、細胞の前端にある鞭毛を用いて遊泳運動をしていますが、障害物に衝突した時は一時的に後退遊泳をします。クラミドモナスは、衝突を鞭毛の変形として鞭毛の根元で感じ、細胞の電気的活動を引き起こすことを明らかにしました。すなわち、クラミドモナスの鞭毛は運動器官として働くだけではなく、力による変形を感じる感覚器官としての機能を兼ね備えているということが分かりました。さらに、力による変形を実際に受け取る分子実体は、多種の刺激を受け取るたんぱく質として知られているTRPチャネル注4)の一種であることを突き止めました。

鞭毛・繊毛の運動機能の異常が内臓逆位や不妊の遺伝病の原因となり、感覚機能の異常が多発性嚢胞腎注5)の原因となるなど、鞭毛・繊毛の機能はヒトの疾病と密接な関連があることが分かっています。

本研究により、鞭毛・繊毛にかかる負荷を鞭毛・繊毛自身が検出し、運動を制御しているというフィードバックシステム注6)があり、運動機能と感覚機能が連携していることが分かりました。この成果は、運動する鞭毛・繊毛による機械受容能と運動制御の研究の突破口となり、鞭毛・繊毛に関係する疾病の解明につながると期待されます。

本研究は、筑波大学、東京学芸大学と共同で行ったもので、本研究成果は、2011年4月10日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Cell Biology」のオンライン速報版で公開されます。

※リンク先や写真、添付資料があります。詳細は下記URLをご覧ください。
http://www.jst.go.jp/pr/info/info791/index.html

脳内アミノ酸による運動記憶と学習の仕組みを解明(2011/4/1)
JST課題解決型基礎研究の一環として、慶應義塾大学 医学部の柚﨑(ゆざき)通介教授と掛川渉助教らは、マウスの幼若期に習得される運動記憶と学習の新しい形成メカニズムを解明しました。
神経細胞は「シナプス」と呼ばれる結び目を介して互いに結合して神経回路を形成しています。記憶と学習はシナプスにおける変化として蓄えられることから、そのメカニズムの解明が神経科学の重要課題の1つとなっています。記憶にはさまざまな種類があり、人のスポーツや楽器演奏活動などの運動技能に関連した記憶は、小脳の神経回路が関与します。しかし、小脳シナプスにおいて記憶を制御する分子機構については不明な点が多く、例えばどうして年齢とともに運動学習能力が低下するのかはよく分かっていません。
本研究グループはこれまでに、マウスを使った研究で神経細胞が分泌するたんぱく質Cbln1(シービーエルエヌ1)がデルタ2型グルタミン酸受容体(デルタ2受容体)に結合することにより、小脳におけるシナプス形成を制御することを発見していました。さらに今回、マウスの幼若期の小脳に豊富に存在するアミノ酸「D-セリン」がデルタ2受容体に結合することにより、シナプスでの運動記憶・学習を促進することを、実験で明らかにしました。実際にD-セリンがデルタ2受容体に結合できない遺伝子改変マウスを作製・解析したところ、幼若期での運動記憶・学習能が著しく低下していました。D-セリンとデルタ2受容体との結合モデルは、人にもあてはめられると考えられています。この発見は、人の幼児期での運動記憶・学習過程を理解する上で有用な知見を与えるものです。また、デルタ2受容体は生涯を通じて発現しており、D-セリンの経路を制御することによって、将来、大人でも効率的に運動学習を促進させうる可能性があります。
本研究成果は、2011年4月3日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Neuroscience」のオンライン速報版で公開されます。
http://www.keio.ac.jp/ja/press_release/2011/kr7a43000005q9ql-att/110401.pdf

細胞中の小さな分子を小さなタグで検出(2011/3/22)
-生きた細胞のDNA複製をリアルタイムで観察-

JST 課題解決型基礎研究の一環として、理化学研究所の袖岡 幹子 主任研究員、大阪大学 大学院工学研究科の藤田 克昌 准教授らは、細胞中の小さな分子の動きを小さなタグを付けて観察することに成功しました。

薬などの小さな分子が細胞内のどこに動いていくのかを知ることは重要ですが、そのままでは調べることができません。そのため、注目する分子に別の蛍光分子注1)をタグとして結合させて蛍光顕微鏡注2)で検出する方法がよく用いられています。しかし、このタグは20~30個以上の原子でできた大きな分子であるため、注目する分子本来の性質が変わってしまうことが問題となっていました。

本研究グループは、2個の炭素原子と1個の水素原子からなる極めて小さな構造のアルキン注3)タグを用いた観察法を考案しました。アルキンは三重結合注4)を持つため、分子間の結合状態を観察するラマン顕微鏡注5)を用いることで検出が可能です。一方、細胞の構成分子には三重結合を持つものが少ないため、アルキンタグを付けた分子の細胞内での位置を調べることができます。この特徴を利用して今回、細胞がDNAを複製する時の材料となる2’-デオキシチミジン(dT)によく似た2’-デオキシウリジン(dU)にタグとなるアルキンを結合させた「5-エチニル-2’-デオキシウリジン(EdU)」を使って、その動きを調べました。EdUを人間の子宮頸がん由来の細胞(HeLa細胞)の培養液に加え、分子の動きをラマン顕微鏡で観察した結果、EdUが細胞に取り込まれた後、細胞核に集まっていく様子を観察することに成功しました。また、DNAが作られる周期もdTとEdUでほとんど変わらないことが分かりました。dTは31個の原子からなる小さな分子ですが、アルキンタグを付けたEdUもdTと同じような性質を示したと考えられます。この結果から、小さな分子の生細胞内での動きを観察するためにアルキンタグは有効であると分かりました。本研究成果は今後、生きた細胞の中で薬などの動きを観察する技術の発展に貢献するものと期待されます。

本研究成果は、米国化学会誌「Journal of The American Chemical Society」のオンライン速報版で近日中に公開されます。

※リンク先や写真、添付資料があります。詳細は下記URLをご覧ください。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20110322/index.html

抗うつ薬による神経細胞の変化と行動の不安定化の関連をマウスで発見(2011/3/16)
(抗うつ薬の作用メカニズム解明に期待)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、日本医科大学の小林 克典 講師らは、抗うつ薬の一種を長期間投与することによってマウスの行動が不安定化し、その変化が脳の神経伝達の変化と密接に関係することを発見しました。

抗うつ薬として用いられる選択的セロトニン再取込阻害薬SSRI(Selective serotonin reuptake inhibitor)注1)は、うつ病に加えて不安障害の治療などにも広く使用されます。その一方で、重篤な副作用の報告もあり、作用メカニズムにも不明な点が多く残されています。本研究グループは最近の研究で、SSRIが脳神経細胞を成熟前の状態に戻す(幼若化)ことを発見し、SSRIの新たな作用機序として報告しました。

本研究グループは今回、SSRIを継続的に投与すると、マウスの行動が低活動状態から活発化状態へ急激に変化するなど、行動の不安定化が生じることを発見しました。この効果は投与を中止しても見られ、脳神経細胞の幼若化に伴う神経伝達の変化と相関していました。さらに、SSRIによる脳神経細胞の幼若化が抑制されている遺伝子改変マウスでは行動不安定化も抑制されていました。これらの結果は、SSRI投与による行動不安定化に脳神経細胞の幼若化が関与することを示しています。

本研究の成果は、抗うつ薬による躁転や気分不安定化注2)の神経基盤の解明に寄与するものと期待されます。

本研究成果は、2011年3月16日(英国時間)に英国オンライン科学雑誌「Molecular Brain」で公開されます。

※リンク先や写真、添付資料があります。詳細は下記URLをご覧ください。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20110316-2/index.html

見ていると意識できなくても“覚えている”脳(2011/3/16)
―視覚野の障害でも無意識に脳の別の部位(中脳・上丘)が記憶の機能を代償―

 脳梗塞などで脳の後頭葉にある視覚野が損傷を受けた時に、視野狭窄(きょうさく)や視野障害といった症状が現れます。しかし、そうした患者でも「見えていると意識できないのに(脳は)見えている」という盲視(ブラインドサイト)という現象が知られています(図1)。これまで自然科学研究機構・生理学研究所の伊佐 正 教授らの研究によって、この盲視現象は、脳の中の視覚野を経由しない中脳(上丘)を通る別の神経回路によって、脳の中に眼で見た情報が無意識にバイパスして送りこまれるからであることが分かってきました(図2)。今回、伊佐 正 教授と高浦 加奈 博士(元・総合研究大学院大学 大学院生、現・玉川大学脳科学研究所 グローバルCOE研究員)の研究グループは、この際、中脳(上丘)は、単なるバイパスになっているばかりでなく、眼で見たモノの場所を無意識に“記憶”しておくことに役立っていることを明らかにしました。脳の損傷などの特殊な場合には、本来は記憶の機能を持たないと考えられていた脳の部位も、記憶の機能を代償することができることを示した初めての研究成果です。米国神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)」(2011年3月16日号)に掲載されます。

※リンク先や写真、添付資料があります。詳細は下記URLをご覧ください。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20110316/index.html

癌幹細胞マーカーCD44が活性酸素を抑制することによって 腫瘍の増大や治療が効かない状況を引き起こす分子メカニズムを解明(2011/3/15)
慶應義塾大学 先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門(責任者:佐谷 秀行 教授)の永野 修 助教、石本 崇胤 研究員らの研究グループは、慶應義塾大学 医学部 医化学教室(責任者:末松 誠 教授)、金沢大学がん研究所 腫瘍遺伝学研究分野の大島 正伸 教授、近畿大学薬学総合研究所の益子 高 研究員、熊本大学 大学院生命科学研究部 消化器外科学教室の馬場 秀夫 教授らとの多施設共同研究によって、癌幹細胞表面マーカーである接着分子CD44がシスチントランスポーターと結合することで癌細胞内の活性酸素(Reactive oxygen species;ROS)の蓄積を抑制し、腫瘍の増大と治療抵抗性を促進する分子機構について解明しました。今回の研究成果を基に、治療抵抗性を有する癌幹細胞をターゲットとした新たな治療法の開発が期待できます。なお本研究の一部は、JSTの事業の一環として行われました。

この研究成果は2011年3月14日(米国東部時間)、国際的な医学雑誌「Cancer Cell」2011年3月号オンライン版に掲載される予定です。

※リンク先や写真、添付資料があります。詳細は下記URLをご覧ください。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20110315/index.html

DNAの複製メカニズムに新たな発見(2011/3/3)
JST 戦略的国際科学技術協力推進事業の一環として、東京大学分子細胞生物学研究所の白髭 克彦 教授らは、DNAの複製が染色体注1)の大きさに依存した方法で行われていることを明らかにしました。

生命の正常な営みのためには、遺伝子の本体であるDNAが正確に複製され、次の世代に継承されていく必要があります。このためDNAは2本の紐がより合わさったようならせん構造を持ち、複製時には二重らせん構造がほどかれ、2本のうちの片方を鋳型とし、新たにもう片方を合成することで複製が行われます。DNA二重らせんをほどく際には、これを巻き戻す張力が発生しますが、この張力による障壁をうまく処理しなければDNAの複製が正常に進行できず、結果として細胞のがん化や老化を含め種々の遺伝病の原因となりえます。このため、細胞内にはこの張力を解消するためのたんぱく質がいくつか存在しています。しかし、実際の染色体上でDNA鎖の巻き戻しによる張力を解消するため、これらの分子が働く仕組みはよく分かっていませんでした。

本研究グループはこれまで、DNAらせんの巻き戻し張力を解消するための分子として、トポイソメラーゼ注2)とともにSmac5/6複合体注3)が関与していることを明らかにしてきました。さらに今回、次世代シークエンサーにより染色体上のたんぱく質結合部位を定量的かつ網羅的に解析する手法である「クロマチン免疫沈降-シークエンス法(ChIP-seq法)注4)」を使用して、Smac5/6複合体が巻き戻しによる張力が増加すると染色体への結合も増加していくことを明らかにしました。染色体のサイズが大きくなるにつれて、この張力は増加すると考えられますが、実際に張力解消分子も染色体の長さが大きくなればなるほど結合密度を増加させ、その結果、例え巨大な染色体になったとしても安定してDNAの複製が可能になることも分かりました。

これらの知見は、老化やがん化などの原因となる染色体異常の発生メカニズムの一端を明らかにしただけでなく、今後、新たな制がん剤の標的分子としてSmc5/6複合体も想定できることを示しています。

本研究成果は、スウェーデン・カロリンスカ研究所のカミーラ・スヨーグレン 博士との国際研究交流によるものであり、東京工業大学の伊藤 武彦 教授の協力のもとに行われました。本研究成果は、2011年3月2日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。

※長文のリリースです。全文は下記URLを閲覧してください。
http://www.jst.go.jp/pr/info/info789/index.html

傷ついた視神経の再生を抑制するメカニズムを解明(2011/3/2)
(マウスの実験で視神経再生に成功)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、大阪大学 大学院医学系研究科の山下 俊英 教授らは、傷ついた視神経の再生を抑制するメカニズムを明らかにするとともに、マウスを用いた実験で視神経を再生させることに成功しました。

視神経や脳・脊髄などの中枢神経は、いったん損傷すると回復が困難になります。この原因として、中枢神経の再生力が低いことに加えて、神経回路の再生を抑制する機構が存在していることなどが上げられています。近年、中枢神経の神経細胞の軸索注1)の周りを取り巻く髄鞘(ミエリン)注2)の中に、軸索の再生を阻害する因子(軸索再生阻害因子注3))が複数あることが特定され、これらの因子が損傷した神経回路の再生を阻止していると考えられています。

本研究グループは今回、軸索再生阻害因子と結合するPIR-Bたんぱく質の働きを分子レベルで分析することにより、神経細胞の軸索の再生を妨げるメカニズムを明らかにし、加えてチロシン脱リン酸化酵素注4)であるSHPがそのキーとなる役割を担っていることを見いだしました。SHPは、神経を成長させる因子の受容体であるTrkB注5)たんぱく質を抑制することで、神経細胞の軸索の伸展を妨げていました。また、マウスにおいてSHPの働きをブロックすることで、傷ついた視神経を再生させることにも成功しました。さらに、損傷した中枢神経の軸索を再生させるためには、軸索再生を抑制する因子による作用を取り除くだけではなく、軸索を成長させる作用を増強させることも必要であると分かりました。

今回得られた知見は、交通事故などの際に起こる視神経の損傷に対する新たな分子標的治療薬の開発につながるものと期待されます。

本研究は、東北大学 加齢医学研究所の高井 俊行 教授の協力を得て行われ、本研究成果は、2011年3月1日(英国時間)に欧州科学雑誌「The EMBO Journal」のオンライン速報版で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20110302/index.html

小学生の脳の英語処理は音声から「言語」へ(2011/2/23)
―小学生の大規模研究で英単語を処理する脳活動の基本パターンを解明―

首都大学東京 大学院人文科学研究科の萩原 裕子 教授らの研究グループは、光による脳機能イメージング法、光トポグラフィを用いて、小学生約500人の母語・英語復唱時の脳活動を調べる過去最大規模の言語脳機能研究を実施しました。その結果、母語と英語を処理する時の脳活動に顕著な差があること、音声分析の進行とともに語彙(ごい)習得が進み、それに伴って脳活動が右半球(右脳)から左半球(左脳)へと移行する可能性を見いだしました。

まず、実験で言語音として聞き慣れない英語を処理する際は、母語を処理する場合に比べて脳活動が著しく低く、非語(無意味な綴り)と同様の処理が行われていました。これは、小学生の段階で脳はすでに母語にチューニングされていることを示唆しています。次に、一般に、言語を司る領域は左半球にあると言われており、実験でもよく知っている単語の処理では左半球の角回が活発に活動していましたが、逆にあまり知らない単語の処理では、右半球の縁上回が活発に活動することが分かりました。さらに、言語領域としてよく知られているブローカ野においても、右半球のブローカ野に相当する場所が活発に活動していました。これらの結果は、音声言語処理には左右両半球が関与し、特に語彙獲得の初期には右半球が重要な役割を担っている可能性を示しています。子どもたちの脳は、未知の言葉を習得する際には、言語を問わず、音のリズム、アクセント(音の強弱)、イントネーション(抑揚)などを頼りに処理していると考えられます。

本研究結果から、子ども達が新しい言葉を耳から学ぶ時には、脳ではまず音声の分析が優先的に行われ、それが意味を持つ「言語」へと徐々に移行する可能性が示唆されました。本研究は、学齢期初期における外国語習得の基礎資料となるもので、小学校における効果的な英語活動や、脳科学的な根拠に基づく英語学習法の開発へ道を開くものと期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 社会技術研究開発事業「脳科学と社会」研究開発領域(領域総括:小泉 英明 株式会社 日立製作所 フェロー) 研究開発プログラム「脳科学と教育」(タイプⅡ)の研究開発プロジェクト「言語の発達・脳の成長・言語教育に関する統合的研究」(平成16年12月~平成21年11月)(研究代表者:萩原 裕子)の一環として行われたもので、株式会社 日立製作所 基礎研究所および自治医科大学の檀 一平太 准教授らの研究グループの協力を得ました。本研究成果は、2011年2月24日(米国現地時間)に、米国科学誌「Cerebral Cortex (大脳皮質)」のオンライン版で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20110223/index.html

腸粘膜を守る抗体の新たな産生の仕組みを解明(2011/2/18)
-ワクチン開発や自己免疫疾患治療に新たな視点-

JST 課題解決型基礎研究の一環として、東京医科歯科大学 難治疾患研究所の樗木(オオテキ) 俊聡 教授らは、マウスの体内で腸管粘膜の防御に必須なIgA抗体注1)を作る新たなメカニズムを解明しました。

消化管などの粘膜面では、病原体の感染に対してIgA抗体が主体となって防御しています。一方、特に感染のない状態でも、恒常的に大量のIgAが作られています。このIgAは、無数に存在する常在菌から粘膜を守り、常在菌のバランスを維持することに役立っています。最近の研究により、恒常的なIgAの産生では、免疫反応の司令塔である樹状細胞注2)が重要な役割を担っていると考えられていますが、その詳細な仕組みはよく分かっていませんでした。

本研究グループは今回、この恒常的なIgA産生の仕組みを突き止めました。具体的には、腸内常在菌からの刺激が起点となり、Ⅰ型インターフェロン(IFN)注3)が産生されて、その刺激を受けた樹状細胞が「粘膜型」に変化します。「粘膜型」の樹状細胞では、IgAの産生を促すAPRIL(エイプリル)やBAFF(バフ)注4)というたんぱく質が多く発現しており、IgAの産生を効率よく誘導することを明らかにしました。一方で、APRILやBAFFの過剰な産生が自己免疫疾患やがんの誘導に関与しているとの報告もあることから、これらのたんぱく質やその産生細胞である樹状細胞を標的にすることで、新しいワクチンの開発や自己免疫病の治療に役立つものと期待されます。

本研究成果は、2011年2月17日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Immunity」のオンライン速報版で公開されます。

<研究の背景と経緯>

ウイルスや細菌などの病原体は、呼吸器や消化管などの粘膜を介して感染することが知られています。粘膜面では、病原体の感染に対してIgA抗体が主体となって、病原体である抗原と特異的に結合し、防御応答が誘導されます。IgAは、病原体が粘膜上皮細胞に付着・定着することを阻止したり、病原体から生産される毒素や酵素を中和することによって、感染からの防御に貢献しています。実用化が期待されている粘膜ワクチン注5)は、病原体に対するIgAをいかに効率よく粘膜面で産生できるかが実用化の鍵となっています。

一方、粘膜面では特に感染のない状態でも、恒常的に大量のIgAが産生されています。このIgAの役割は、無数に存在する常在菌から粘膜を守りながらそれら常在菌と共生する、さらには病原体に特異的なIgAが誘導されるまでの数日間を補完する上で重要であると考えられていますが、その産生の仕組みはよく分かっていませんでした。

IgAの産生経路は、T細胞注6)が必要なものと不必要なものの2種類に分けられます。特定の病原体に対して産生されるIgAはT細胞が必要な経路を介して産生されるのに対して、恒常的に産生されているIgAはT細胞を必要としない経路を介しても産生されます。後者は、今世紀になって発見された新しい経路で、樹状細胞が重要な役割を担っていると考えられています。腸管粘膜においては、B細胞注7)がパイエル板や腸間膜リンパ節などといった腸管粘膜リンパ組織注8)で分化した後、最終的に腸管粘膜固有層に移行してIgAを産生する形質細胞に分化することが分かっています。また、樹状細胞は腸管粘膜リンパ組織に局在していることも分かっていました(図1)。

しかし、どのようにして恒常的にIgAの産生が誘導されるのか、樹状細胞がどのような役割を果たしているかは不明でした。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20110218/index.html

虫歯の病原因子である酵素の立体構造を世界で初めて解明(2011/2/18)
~虫歯の予防物質を探索するための手がかりを得る~

静岡県立大学の伊藤 圭祐 助教、伊藤 創平 助教らは、世界で初めて、虫歯の病原因子として同定されている酵素である「グルカンスクラーゼ(GSase)」の立体構造をX線結晶構造解析注1)によって明らかとすることに成功し、この酵素による多糖の合成メカニズムを明らかにしました。

口腔中に存在する菌に由来する酵素GSaseは、砂糖から歯垢(プラーク)の基となる粘着性多糖であるグルカンを合成することから、虫歯発症の原因として知られています。これまで、GSaseの働きを阻害することが虫歯の予防(GSase阻害)に効果的と考えられていましたが、GSaseと類似の酵素が口腔中や小腸等にも存在することから、GSaseの働きだけを特異的に阻害する物質でないと、類似の酵素の働きも阻害してしまい、低血糖等の弊害を引き起こす可能性があります。そこで、阻害物質のリスクを低くするために、GSaseの働きだけを特異的に阻害する物質の設計が求められており、GSaseの立体構造の解明が有効な手段として望まれていました。

本研究グループは、これまで困難であったGSaseの発現システムを構築、界面活性剤を利用した結晶化により高分解能の解析データを得ることに成功し、GSaseの立体構造を解明しました。また、GSaseの阻害剤やアクセプター基質注2)との結合構造も解明し、分子レベルでGSaseの働きを明らかにしました。

今後、虫歯の病原因子であるGSaseの立体構造情報を基に、より選択性が高く、強くGSaseに結合する阻害物質の探索・設計が可能となり、より効果的な虫歯を予防する物質の探索に役立つことが期待されます。

本研究は、東京大学の阿部 啓子 教授、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「岩田ヒト膜受容体構造プロジェクト」の岩田 想 研究総括(京都大学 大学院医学研究科 教授)・島村 達郎 研究員(京都大学 大学院医学研究科 客員研究員)との共同研究として行われました。

本研究成果は、米国の科学誌「Journal of Molecular Biology」のオンライン速報版で近日中に公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20110217/index.html

腸における炎症を抑える新しいメカニズムを発見(2011/2/9)
JST 課題解決型基礎研究の一環として、慶應義塾大学 医学部の吉村 昭彦 教授らは、腸などの消化器における新たな免疫調節機構を解明しました。腸内には大腸菌などの腸内細菌が大量に存在しますが、それにもかかわらず炎症が起きないメカニズムは、これまで十分に解明されていませんでした。

本研究グループは今回、モデルマウスを用いて腸内における新しい炎症抑制システムを発見しました。その本体はプロスタグランジンE2(PGE2)注1)と呼ばれる生理機能脂質で、マクロファージなどの免疫細胞に作用して炎症を強力に抑制します。PGE2システムは、これまでに知られている抑制性T細胞(Treg)注2)による炎症抑制システムとは全く独立して存在することが分かりました。自然免疫を担うマクロファージや樹状細胞注3)は、腸内細菌などの感染によってTNFαやインターロイキン12(IL-12)などの炎症性サイトカインと呼ばれるたんぱく質を放出することで炎症を誘導、促進しますが、PGE2は腸上皮で常に産生されていて、これらのサイトカインの産生を抑制していました。しかし過大な感染や強い炎症時にはこの抑制システムが破綻するため、サイトカインシグナル抑制因子1(SOCS1:ソックス-ワン)注4)と言う遺伝子が防護していることも明らかになりました。

これらの発見は、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患の発症機構の解明に貢献するもので、新たな治療法の開発につながるものと期待されます。

本研究成果は、2011年2月8日(英国時間)に英国オンライン科学雑誌「Nature Communications」で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20110209/index.html

さまざまな自己免疫疾患の発症を制御するたんぱく質を発見(2011/2/7)
(自己免疫疾患の新たな治療法に期待)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、徳島大学疾患ゲノム研究センターの岡崎 拓 教授らは、マウスでリンパ球の膜表面にある「LAG-3」と呼ばれるたんぱく質が自己免疫疾患注1)の発症に重要な役割を果たしていることを突き止めました。

自己免疫疾患の多くは効果的な根治療法がなく、対症療法による治療が中心となっています。自己免疫疾患は多くの遺伝子が関与するため、原因遺伝子を特定することは極めて困難です。また、自己免疫疾患の制御に関与する遺伝子はいくつか報告されていますが、それらがどのように協調して働き、実際に自己免疫疾患の発症を制御しているかはほとんど解明されていません。本研究グループはこれまでに、免疫反応を抑制する「PD-1」遺伝子を働かなくしたマウスがさまざまな自己免疫疾患を発症することを発見しましたが、この因子を含めた多因子によるネットワークシステムのさらなる解明が望まれています。

本研究グループは今回、モデルマウスを用いて、PD-1に加えてLAG-3という遺伝子も働かなくすると自己免疫疾患が悪化することを発見しました。また、LAG-3だけを欠損させても自己免疫疾患は発症しませんが、他の要因と組み合わせることにより、さまざまな自己免疫疾患の発症を引き起こすことも分かりました。さらに、LAG-3遺伝子によって作られるたんぱく質がリンパ球上に発現して、リンパ球の活性化を抑制することも分かりました。つまり、通常はLAG-3がPD-1などと協調して行き過ぎた免疫反応を抑制することにより自己免疫疾患の発症を制御しているのだと考えられます。LAG-3は人間にもあるため、今後LAG-3の機能を調節することにより、自己免疫疾患や感染症、アレルギーの治療に役立つものと期待されます。

本研究は、京都大学、金沢大学、理化学研究所、実験動物中央研究所の協力のもと行われ、本研究成果は、2011年2月7日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Journal of Experimental Medicine」にオンライン速報版で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20110207-3/index.html

脳内情報伝達の新たな調節機構を発見(2011/2/4)
~活動電位が軸索の伝導中にアナログ変調される~

<発見の大意>
脳の中の情報は、活動電位による神経伝導と化学物質によるシナプス伝達によって伝えられます。私たちは今回、これまでの通説と異なり、伝導中の活動電位がアナログ的に変調されることを見いだしました。現在の教科書的な理解では、神経細胞はアナログ入力をデジタル出力する「アナログ→デジタル変換素子」です。つまり、軸索起始部で発生した活動電位は、その後、減衰することなく軸索の終末まで均一に伝播し、シナプス出力に直結します。この原理は「all-or-noneの法則(悉無(しつむ)則)」注1)と呼ばれ、広く知られている基本法則です。ところが東京大学 大学院薬学系研究科の池谷 裕二 准教授らは今回、こうした古典的な構図に反し、「活動電位が軸索伝導中に変形されうる」こと、そして、「その変形によってシナプス出力がアナログ的に変調され」、「この調節におそらくアストログリア注2)が関わる」という驚くべき現象を見いだしました(図参照)。神経細胞によってデジタル変換された信号が、アストログリアの働きで、アナログ的に変調されるという、従来考えられていた以上に、はるかに高精度な情報処理が脳細胞で行われている可能性があると考えられます。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「脳情報の解読と制御」研究領域における研究課題「神経回路網が示す自発的可塑性のルール抽出と制御」(研究者:池谷 裕二)の一環として行われ、本研究成果は、2011年2月4日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20110204/index.html

自己と他者の動作を区別する仕組みを細胞レベルで初めて解明(2011/1/21)
― 「人の振り見て我が振りなおせ」に前頭葉の内側領域が関与 ―

独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構(シドニー・ブレナー理事長)の磯田昌岐代表研究者(神経システム行動ユニット)らの研究グループは、動物の前頭葉の内側領域の神経細胞が自分の動作と他者の動作を選択的に処理することを明らかにしました。

本研究成果は、米国科学誌Current Biology(カレントバイオロジー)のオンライン版に1月21日(現地時間1月20日)に掲載されました。本研究は、独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構の磯田昌岐代表研究者、東京大学大学院医学系研究科 脳神経外科学の大学院生の吉田今日子と東京大学大学院医学系研究科/東京大学医学部附属病院 脳神経外科学の齊藤延人教授、独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センター象徴概念発達研究チームの入來篤史チームリーダーとの共同により行われました。また、独立行政法人科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業の一環として行われ、ナショナルバイオリソースプロジェクト「ニホンザル」の支援を受けました。
http://www.h.u-tokyo.ac.jp/press/press_archives/20110121.html
http://www.oist.jp/ja/pressarchive/150-2011/723-pr-isoda.html

自閉症モデルマウスで発達期のセロトニン異常を発見 (治療法開発への貢献に期待)(2010/12/16)
JST 課題解決型基礎研究の一環として、広島大学 大学院医歯薬学総合研究科の内匠(たくみ) 透 教授らは、自閉症ヒト型モデルマウスを使った研究で、発達期にセロトニン異常が生じていることを発見しました。

自閉症に見られる社会性の行動異常は、臨床のデータなどからセロトニンとの相関関係があると知られていましたが、原因はほとんど分かっておらず、診断や治療法の開発のために、その病態解明が望まれていました。内匠教授らはこれまでに、染色体工学の手法を用いて、ヒト15番目の染色体の一部に相当する領域が重複した、ヒト染色体15q11-q13重複モデルマウス注1)の作製に成功しています。このマウスは、社会性の行動異常をはじめとする自閉症行動を示すだけでなく、自閉症の原因である染色体異常をヒトと同じように持つ世界初の自閉症ヒト型モデルマウスです。

本研究グループは今回、この自閉症ヒト型モデルマウスで脳内の異常を詳しく調べたところ、発達期において脳内のセロトニン濃度が減少していることを発見しました。また、神経細胞におけるセロトニンシグナルの異常もあることから、発達期におけるセロトニンの異常が社会性行動異常の原因となる可能性を明らかにしました。

この研究成果は今後、自閉症に対するセロトニン系を中心とした治療法の開発につながるものと期待されます。

本研究成果は、2010年12月15日(米国東部時間)発行のオンライン科学雑誌「PLoS ONE」に掲載されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20101216-2/index.html

手の巧みな動きを制御する脊髄神経経路を発見 -新たなリハビリ開発に手掛かり-(2010/12/15)
JST 課題解決型基礎研究の一環として、国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部の関 和彦 部長らは、脊髄の中に手の巧みな運動を制御する独自の神経経路があることを明らかにしました。

人が体を動かす時、脳の大脳皮質の運動野と呼ばれる部位が複雑な制御をしていると考えられています。指の筋肉についても同様です。例えば、何か物を「つまむ」という動作にはとてもきめ細やかな制御が必要ですが、従来、大脳皮質の運動野がこれを制御していると考えられてきました。しかし、大脳皮質の機能が成熟していない乳児でも反射的に物を握ることができます。この点にヒントを得て、関部長らは「大脳皮質以外にも、つまみ動作をコントロールしている部分があるはずだ」と仮説を立て、研究を行ってきました。そのために、麻酔をかけていない覚醒下で、ほ乳類から脊髄の神経活動を記録する技術を新たに開発しました。そして今回、つまみ運動を行っているサルの脊髄から神経の活動を記録することに世界で初めて成功し、その神経活動と指の筋活動の相関解析から、脊髄にはいくつかの指の動きを協調させている神経が多数存在することを発見しました。この神経群の存在は、大脳皮質を中心にして行われてきたこれまでの研究からは予想もできないものでした。いくつもの指の動きを協調させることは、ピアノの演奏やキーボードの操作など複雑な手の動きを巧みに操るために重要な機能だと考えられます。

今回の研究成果は今後、新しい運動機能の再建技術を開発する基礎になるものと期待され、四肢麻痺などの患者の手の機能を再建する技術やリハビリテーション方法の開発に役立つ可能性があります。例えば、脊髄に刺激電極を埋め込み、電気刺激を与えることによって、麻痺側の指を人工的に協調させて動かすようなことが考えられます。

本研究成果は、国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部の武井 智彦 研究員とともに、自然科学研究機構 生理学研究所と行った共同研究によって得られ、2010年12月15日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20101215/index.html

生きた神経細胞内で麻酔ガスの分子を検出することに成功 ~神経信号伝達に対する麻酔ガスの作用機構解明へ新たな手法~(2010/12/15)
JST 課題解決型基礎研究の一環として、東京農工大学 光ナノ科学融合研究リングの三沢 和彦 教授らは、超短パルスレーザー光の位相を自由に制御・測定する技術を活用し、生きたイカの神経細胞内に注入した麻酔ガスの分子を検出することに成功しました。

麻酔ガスは医療現場で頻繁に使われていますが、どうして麻酔が効くのかはいまだに解明されていません。麻酔ガスが生体内で神経信号伝達を抑制する作用に関心が持たれていますが、神経組織内で麻酔ガス分子そのものの存在位置を特定する観測手法がないため、麻酔の作用機構を直接的に解明する研究を行うことは困難です。

本研究グループは、「位相制御コヒーレントラマン顕微分光法」と呼ばれる手法を独自に開発し、分子固有の構造に由来する光散乱信号(ラマンスペクトル注1))を顕微鏡下で高感度かつ簡便に測定することを実現しました。さらに、この方法を用いて、巨大軸索と呼ばれるイカの神経突起内に注入した麻酔薬(セボフルラン)のラマンスペクトルを細胞質から分離して測定し、細胞中での麻酔ガス分子の位置を特定することができました。

今後、神経信号伝達現象と麻酔ガス分子の局在を同時に計測することで、長年の謎である麻酔薬の分子薬理メカニズム解明につながるものと期待されます。

本研究は、東京医科歯科大学の寺田 純雄 教授らと共同で行われました。

本研究成果は、米国科学雑誌「The Journal of Chemical Physics」のオンライン速報版で近日中に公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20101215-2/index.html

細胞のストレス応答機構の分子メカニズムが明らかに -ストレスによるIP3受容体の機能破壊が、神経細胞死による脳障害を引き起こす-(2010/12/9)
体調不良、心の病、自殺など、過度のストレスが引き起こす現代の疾患は増加傾向にあり、社会問題となっています。私たちが健康的な生活を過ごすためには、ストレスを軽減して、ストレスと上手に付き合っていく必要があります。私たちの体を構成している細胞もまた、常にストレスにさらされており、過剰なストレスは、細胞が備えているストレス応答機能を破壊し、自らが死を選択する細胞死(アポトーシス)を引き起こします。神経細胞がストレスにさらされると、細胞死によって脳機能が低下し、さまざまな神経疾患を引き起こすと考えられています。

脳科学総合研究センターの発生神経生物研究チームらは、細胞内のカルシウム濃度を調節するIP3受容体(IP3R)が小胞体ストレスによって破壊され、神経細胞死を誘導することを世界で初めて発見しました。IP3Rは4量体を形成することでカルシウム放出チャネルとして機能するタンパク質で、 3種類のサブタイプが存在します。中でも、1型IP3受容体(IP3R1)は脳で高い発現を示し、その機能を遺伝的に喪失したマウスが運動機能障害を引き起こすことが知られています。研究チームは、分子シャペロンとして知られるタンパク質GRP78が、IP3R1の4量体形成を制御していることを突き止め、小胞体ストレスでGRP78 とIP3R1の結合が弱まると、IP3R1の4量体形成が阻害され、カルシウム放出活性が顕著に低下することを明らかにしました。このIP3R1の機能破壊が神経細胞死を誘導し、脳障害を引き起こすことから、IP3R1がストレスから脳を守る働きを担うことが分かりました。この発見は、IP3Rが細胞死を誘導するという従来の定説を覆し、ストレスによる神経変性疾患の発症メカニズムの解明や、神経変性疾患の発症予防などの治療に貢献すると期待できます。
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2010/101209/detail.html
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2010/101209/index.html

肝臓における脂肪代謝の新たな制御機構を解明(2010/11/29)
(メタボリック症候群における脂肪肝に対する治療への応用に期待)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、九州大学 生体防御医学研究所の中山 敬一教授らは、肝臓における中性脂肪注1)の合成が、ユビキチン化酵素注2)であるFbxw7(エフ・ビー・エックス・ダブリュー・セブン)によって恒常的に制御されていることを明らかにしました。
Fbxw7は、これまで色々ながん遺伝子たんぱく質注3)を分解する「がん抑制遺伝子注4)」として知られていましたが、一方で、脂肪合成に重要な役割を担っているSREBPというたんぱく質の分解にも関わることが最近の報告で示唆されていました。しかし、実際にFbxw7が生体内でどのように脂肪代謝に関わっているかを調べた研究はこれまでありませんでした。
そこで本研究チームは、肝細胞におけるFbxw7の役割について研究を行いました。
マウスの肝臓から人工的にFbxw7を消失させると、わずか3週間で激しい脂肪肝が発症し、その後は脂肪肝炎や肝線維症につながることが分かりました。この異常は、人間のメタボリック症候群注5)の患者で起こる肝臓の病変である非アルコール性脂肪肝炎(NASH注6))とよく似ています。その原因は、Fbxw7が欠損しているために、中性脂肪の合成を司るSREBPたんぱく質がマウスの肝臓で異常に蓄積していることでした。つまり、正常状態ではFbxw7がSREBPたんぱく質を恒常的に分解することでこれを低いレベルに抑え、肝細胞での過剰な中性脂肪の合成を抑制していたのです。
また本研究では、Fbxw7はNotchというたんぱく質を分解することで、肝細胞の正常な分化を導く役割を担っていることも明らかにしました。
本研究はFbxw7が肝臓における中性脂肪の合成を生体内で恒常的に制御していることを示した初めての報告であり、今後、その機能を制御することで脂肪肝や脂肪肝炎に対する治療への応用が期待されます。
本研究成果は、2010年12月1日(米国東部時間)に米国科学雑誌「The Journal of Clinical Investigation」のオンライン速報版で公開されます。
http://www.kyushu-u.ac.jp/pressrelease/2010/2010-11-29-02.pdf

「ポリグルタミン病の認知障害の分子メカニズムを解明」(2010/10/20)
(認知症の治療開発に期待)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、東京医科歯科大学 難治疾患研究所の岡澤 均 教授らは、ポリグルタミン病注1)における認知障害の基礎となるメカニズムを明らかにしました。

ハンチントン病などポリグルタミン病の一部には認知障害が起きることが知られていますが、その詳細な分子メカニズムについて明らかになっていませんでした。岡澤教授らは先に、複数のポリグルタミン病原因たんぱく質と結合する新規分子PQBP1注2)を発見しました。PQBP1は、DNAからRNAへの転写やRNAスプライシング注3)などの細胞核機能に関わることが知られています。ハンチントン病や脊髄小脳変性症1型などの原因たんぱく質がPQBP1と結合してその正常機能を阻害することが、発症につながる病態の1つと考えられます。さらに、PQBP1遺伝子に異常があると精神発達遅滞の原因となることが報告されており、学習や記憶におけるPQBP1の役割に注目が集まっています。

本研究グループは今回、PQBP1の遺伝子発現が低下したPQBP1変異ショウジョウバエを作成し、学習および記憶におけるPQBP1の分子機能を検討しました。その結果、PQBP1変異体ではシナプス分子であるNMDA受容体の構成分子NR1の発現が低下し、このために学習ができなくなっていることを明らかにしました。さらに、転写量を増やすある種の薬剤が、学習障害の症状改善につながることも示しました。この成果は今後、ポリグルタミン病の認知障害の治療開発につながるものと期待されます。

本研究は、東京医科歯科大学の田村 拓也 助教と共同で行われ、本研究成果は、2010年10月20日(米国東部時間)に米国科学雑誌「The Journal of Neuroscience」のオンライン速報版で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20101020/

病原体の運び屋である吸血ダニに対する生体防御の仕組みを解明(2010/7/27)
-悪玉細胞と思われていた好塩基球がダニ防御に活躍-JST 課題解決型基礎研究の一環として、東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科の烏山 一 教授らは、吸血ダニを生体が排除する仕組みを調べ、白血球の一種である好塩基球注1)が吸血ダニに対する生体防御に非常に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。

吸血ダニ(マダニ)は、人間や動物に取り付いて血を吸うだけではなく、細菌・ウイルス・原虫などの病原微生物を私たち動物の体に注入して重篤な感染症を引き起こすため、臨床的にも畜産の上でも重要な寄生虫です。一度ダニ感染を経験した動物は、2度目以降のダニ感染に対して抵抗力を示して、ダニが媒介する病原体による感染症にもかかりにくくなります。ダニに対する抵抗力がどのようにできるかを知ることが感染予防対策上重要ですが、これまでその仕組みに関してはよく分かっていませんでした。

本研究グループは今回、末梢血にわずか0.5%しか存在しない好塩基球が、ダニへの抵抗力を獲得するのに必須の役割を果たしていることを突きとめました。具体的には、好塩基球のみを欠損する実験動物を開発し、それを応用して「一度ダニに感染すると動物の体にダニに対する抗体が作られ、再度ダニに感染した場合には、ダニ抗体で武装した好塩基球が血中から皮膚のダニ吸血部位に集合して一斉にダニを攻撃する」という仕組みを明らかにしました。

これまで好塩基球はアレルギーに関与する悪玉細胞と考えられていましたが、本研究により、好塩基球が寄生虫排除に活躍する善玉細胞であることが判明しました。今後、好塩基球によるダニ排除の分子メカニズムをさらに研究することで、ダニ感染に対する効果的ワクチンの開発などダニが媒介する重篤感染症の制御に向けた新たな戦略が可能になると期待されます。

本研究は、東京慈恵会医科大学 大学院医学研究科 熱帯医学講座、理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター 免疫器官形成研究グループ、東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 皮膚科学分野の協力を得て行われ、本研究成果は、2010年7月26日(米国東部時間)に米国科学雑誌「The Journal of Clinical Investigation」のオンライン速報版で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20100727/index.html

極小ペプチドによる発生制御のしくみを発見 -最も小さな遺伝子の驚くべき役割-(2010/7/16)
JST 課題解決型基礎研究の一環として、自然科学研究機構 基礎生物学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンターの影山 裕二 特任助教らは、真核生物で最も小さなペプチド遺伝子が、遺伝子発現のスイッチとしてはたらいていることを発見しました。

ヒトを含む動植物のゲノムには、普通のたんぱく質よりも小さいペプチド(アミノ酸100個以下)をコードする遺伝子が多数存在していると言われています。しかし、このようなペプチドが細胞内でどのようなはたらきをしているかについてはよく分かっていませんでした。影山特任助教らは今回、わずかアミノ酸11個からなるペプチドをコードするpri遺伝子が、ショウジョウバエの胚の発生過程を制御する一群の遺伝子の発現に必要であることを突き止めました。さらに、pri遺伝子にコードされるペプチドが、転写因子注1)であるShavenbabyたんぱく質を転写抑制型から転写活性化型へと変換することにより、遺伝子発現制御のスイッチとしてはたらいていることを明らかにしました。

今回の発見によって、遺伝子発現という生命の根幹を制御するしくみに小さなペプチドが関わっていることが明らかになりました。この発見が起点となって、さまざまな研究分野で小さなペプチドの研究が促進され、ペプチドの新たな役割の解明や新規ペプチド医薬の開発へとつながるものと期待されます。

本研究は、理化学研究所の近藤 武史 研究員(研究当時は、自然科学研究機構 基礎生物学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンター 日本学術振興会特別研究員)、フランス国立科学研究センター/トゥールーズ大学のフランソワ・ペール 教授らの研究グループの協力を得て行われました。

本研究成果は、2010年7月16日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 : 「RNAと生体機能」
(研究総括:野本 明男 (財)微生物化学研究会 微生物化学研究所 所長)
研究課題名 : 「ショウジョウバエをモデル系としたmRNA型non-coding RNAの解析」
研究者 : 影山 裕二(自然科学研究機構 基礎生物学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンター 特任助教)
研究実施場所 : 自然科学研究機構 基礎生物学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンター
研究期間 : 平成18年10月~平成22年3月

JSTはこの領域で、生命現象を支え制御するRNAの新たな機能を探索し、既知のRNA機能の活用を目指した研究と将来の先端医療技術などへとつながる機能性RNA分子の新たな活用技術開発を目指しています。上記研究課題では、たんぱく質をコードしないと考えられてきたRNA分子の生体内における役割の解明を目指して研究を続けています。

<研究の背景と経緯>
ヒトやマウスでは、ゲノムDNAから合成されるRNAの半数以上が、たんぱく質をコードしていないノンコーディングRNA注2)であると考えられていますが、これらが本当にたんぱく質やペプチドをコードしていないかどうかについては、さまざまな議論がなされています。例えば、コンピュータを用いた予測では、これらのRNAのうち、少なくとも数千個はごく短いペプチドをコードしている可能性があるとされています。しかし、このようなペプチド遺伝子が実際に存在するのか、存在するとしたらそれは生物学的に重要な機能を持っているのかといった点については、これまでほとんど研究が行われてきませんでした。影山特任助教らの研究グループは、2007年に、真核生物でもっとも小さなペプチド注3)をコードする遺伝子をショウジョウバエから発見し、幼虫表皮の突起形成に必須であることを見いだしましたが(Nature Cell Biology, 9, 660-665)、今回はこのペプチドが生体内でどのような機能を発揮しているかを明らかにしました。

<研究の内容>
ショウジョウバエpolished rice(pri)遺伝子は11または32アミノ酸残基からなる4個のペプチド(PRIペプチド)をコードする遺伝子であり、pri遺伝子を持たない突然変異体は、幼虫表皮にある突起構造をつくることができません(図1)。本研究では、pri遺伝子が 1)表皮細胞の突起形成に必要とされる一群の遺伝子の発現に必要であること、2)転写因子であるShavenbaby(SVB)たんぱく質の活性化に必須であることを突き止めました。PRIペプチドが存在しない状態では、SVBたんぱく質は転写抑制因子としてはたらきますが、PRIペプチドの存在下では、SVBたんぱく質の転写抑制に関与する領域が切断され、転写活性化因子へと変換されます。この結果、SVBたんぱく質は細胞突起の形成に関わる遺伝子群の発現を活性化できるようになります(図2)。また、この切断による機能の変換に伴って、細胞核におけるSVBたんぱく質の分布のパターンも変化し、斑状にかたまっていたものが核全体に広がることも明らかになりました(図3)。転写調節は遺伝子の発現制御機構として重要なシステムの1つですが、今回の研究成果により、ごく小さなペプチドが転写調節のスイッチとして機能することが示されました。

<今後の展開>
ゲノムDNAのどの領域が遺伝子としてはたらいているのかを明らかにすることは、ゲノム機能を理解する上で最も重要な点です。しかし、小さなペプチドをコードする遺伝子はこれまで見過ごされることも多く、その役割についても全く分かっていませんでした。小さなペプチドが遺伝子発現制御に関与するという今回の結果は、これまでの常識をくつがえすものであり、小さなペプチドをコードする遺伝子について再評価する必要性があることを示しています。

また、今回明らかになったPRIペプチドの機能は従来のペプチド因子とは一線を画すものです。従来の研究で扱われていたペプチド因子は、ペプチドホルモンなど細胞外に分泌されてはたらくものです。これに対し、PRIペプチドには細胞外に分泌されるための特殊な配列(シグナル配列)が見つかっていないことから、これまでに解析が進んでいる分泌性のペプチド因子とは異なる機能を持っていると考えられます。今後、priのような小さなペプチドをコードする遺伝子がゲノムにどの程度存在するのかを明らかにすると同時に、それらの機能の詳細を解析していくことで、新たな生理活性を持つペプチド分子の発見や、それに伴う新規ペプチド医薬の開発へとつながるものと期待されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20100716/index.html

IP3レセプターは、心不全治療の新しいターゲット -IP3レセプターを介するカルシウムイオン流出が心肥大の原因に-(2010/7/9)
心臓のポンプ機能が低下して血液が滞り、全身に十分な酸素を送ることができない慢性心不全は、欧米の先進国で死亡原因が第一位の治療が難しい疾患として知られています。心臓の収縮拡張障害を引き起こし、心肥大や心筋組織の繊維化が観察されます。さらに、カルシウムイオン濃度の上昇で活性化するカルシニューリンなどのシグナル分子が、心肥大形成を引き起こすことが分かっています。しかし、心筋細胞ではカルシウムイオン濃度の変動が大きく、カルシウムイオンが心肥大形成を引き起こすメカニズムは、不明のままでした。

シンシナティ大学と脳科学総合研究センター発生神経生物研究チームらは、生きたマウスの心臓を使って、心肥大の形成に細胞内カルシウムイオンチャンネルであるイノシトール三リン酸受容体(IP3レセプター)がかかわっていることを明らかにしました。具体的には、心肥大を引き起こすGタンパク質共役受容体刺激によってIP3を生成すると、IP3レセプターを介してカルシウムイオンが流出することを突き止め、さらに、このカルシウムイオン流出がカルシニューリンを活性化して、心肥大を引き起こすことを証明しました。

現在、慢性心不全の治療には、Gタンパク質共役受容体刺激を抑制する薬が効果を発揮していますが、心筋細胞でIP3レセプターの機能を制御することで、新しい心不全治療薬の開発が期待されます。
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2010/100709_2/detail.html
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2010/100709_2/index.html

細胞運動の“ブレーキ”の特性が明らかに(2010/7/7)
 この度、名古屋大学大学院理学研究科の武田修一研究員、前田雄一郎教授を中心とする研究グループは、独立行政法人理化学研究所播磨研究所の似内靖先任研究員、名古屋大学大学院情報科学研究科の太田元規教授の研究グループ、及び東北大学大学院薬学研究科の山國徹准教授の研究グループと共同で、細胞運動を調節する重要なタンパク質である「アクチンキャッピングタンパク質」(CP)の活性制御の仕組みを明らかとすることに世界で初めて成功しました。
 高等生物の細胞運動は、タンパク質アクチンの離合集散によって行われており、その細胞運動において、アクチンは駆動力を与えるエンジンであり、CPはそれを制御するブレーキに相当します。今回の研究では、これまでほとんどわかっていなかったブレーキの特性が解明されました。本研究の成果は、細胞中にもっとも大量に存在するタンパク質であるアクチンの分子運動を理解する上で非常に重要であり、今後、がんや筋疾患などの治療研究への寄与も期待されます。
 なお、本研究成果は、JST戦略的創造研究推進事業ERATO型研究「前田アクチンフィラメント動態プロジェクト」(研究総括:前田雄一郎教授)の一環として行われたもので、平成22年7月6日付(米国東部夏時間)米国科学雑誌PLoS Biology電子版に掲載されます。

(論文) 
"Two Distinct Mechanisms for Actin Capping Protein Regulation - Steric and Allosteric Inhibition"
Shuichi Takeda, Shiho Minakata, Ryotaro Koike, Ichiro Kawahata, Akihiro Narita, Masashi Kitazawa, Motonori Ota, Tohru Yamakuni, Yuichiro Maéda, Yasushi Nitanai
PLoS Biology (2010)


《背景》
 私たちの身体を作っている細胞は、ある時期に活発に動きます。神経回路を形成するときには、神経細胞は“手”を伸ばし相手の神経細胞と“手”をつなごうとします。母胎内で身体が形成されるときには、個々の細胞は正しい配置を取るために、適切な場所へと移動します。免疫細胞は、細菌など異物が侵入した場所に駆けつけ、外敵を“飲み込み”ます。また制御不能な移動能を獲得したがん細胞は、別な組織に転移します。

 これらすべての細胞運動は、たった一種類のタンパク質アクチンの離合集散によって引き起こされます(アクチンの分子運動)。細胞内ではアクチン分子は二つの状態をとります。すなわち、個々バラバラに存在する状態と、多くの分子が数珠のように互いに連なって(重合)アクチンフィラメントを作っている状態です(図1)。アクチンが重合し、細胞膜を内側から押すことによって、細胞は移動します。

 細胞内には、アクチンの分子運動の速度を調節する多くの補助タンパク質が存在します。このような補助タンパク質の一つに、アクチンキャッピングタンパク質(CP)があります(図1)。CPはアクチンフィラメントの端に結合して、そこを塞ぐことによって重合を抑えます。CPが多すぎると、アクチンの重合が進まず、アクチンフィラメントができません。反対にCPが少なすぎると、細胞はアクチンフィラメントだらけになってしまいます。実際、細胞は時と場所に応じてCPの量を調節し、それによってアクチンフィラメントの量が調整され、それゆえ細胞運動の速度や強さを変動させることができます。つまりアクチンを細胞運動のエンジンに例えると、CPはブレーキに相当します。

 さらに細胞は、このCPのブレーキ能力を調節する仕組みを備えています。本研究では、二種類のタンパク質、V-1(ブレーキの数を減らす)とCARMIL(ブレーキをアクチンフィラメントから外す)がどのようにCPを調節しているのかを、世界で初めて明らかにしました。

《研究成果のポイント》
1. アクチンキャッピングタンパク質(CP)とその作用を抑制するタンパク質V-1、及びCARMILそれぞれとの複合体の詳細な立体構造を解明した。
2. V-1はCP上のアクチンフィラメント結合部位を直接覆い隠すことによって、CPとアクチンフィラメントとの結合を不可能にする。その一方CARMILはV-1とは全く別の位置に結合する。
3. これまで“硬い”タンパク質であると考えられていたCPが、実は常にねじり運動を繰り返す“柔らかい”分子であることが判明した。
4. CARMILはCPを束縛し、ねじり運動を抑えることによって、CPをアクチンフィラメント端から解離させると結論された。

《研究の内容》
 研究グループは今回の研究で大型放射光施設SPring-8※1の理研 構造ゲノム I ビームライン BL26B1を利用し、X線結晶構造解析法※2によりCPとV-1、及びCPとCARMILのそれぞれのタンパク質複合体の構造を解明することに成功しました。これによって、それぞれの分子同士がどこにどのように結合しているかを、詳しく知ることができました。

 V-1はCP表面上の、アクチンフィラメント端と結合する部位を覆い隠すように結合していました(図2)。そのためV-1が結合したCPは、もはやアクチンフィラメント端には全く結合することができなくなる、つまりブレーキとしては働けなくなります。

 一方CARMILはCP上のV-1とは反対側の位置、すなわちアクチンフィラメント端結合部位とは全く異なる場所に結合していました(図2)。これはCARMILがアクチンフィラメント端に結合しているCPにも結合できることを意味しています。

 CARMILはCPをアクチンフィラメント端から解離させる(ブレーキを外す)ことが知られていますが、それでは、なぜ離れた場所に結合するにもかかわらず、CARMILはCPをアクチンフィラメントから外すことができるのでしょうか?この遠隔操作を実現するためには、CARMILが結合することによってCP全体の形に何らかの変化を起こす必要があります。今回の研究では、その変化の実態を解明することができました。

 今回得られたいくつかのCPの構造を比較することによって、CPは大小二つの領域(ドメイン)から成り立っていることが示されました(図3)。二つの領域は互いにねじれるように揺れ動くことができるようになっており、それによってCPは分子の形を変えることができます。つまり、これまで“硬い”分子であると考えられていたCPが、実は“柔らかい”分子であることが判明しました。CPはアクチンフィラメント端にいったん接触すると、このねじり運動によって自身の形をアクチンフィラメント端にピッタリと合うように変化させるようです。CARMILはCPの二つの領域にまたがって結合しています。これらのことから、CARMILは二つの領域間のねじれ具合を変え、CPをアクチンフィラメント端とは合わない形に束縛するため、アクチンフィラメント端との結合を著しく弱めると考えられます(図4)。本研究では、この考え方を支持する証拠も得ることができました。


《成果の意義》
 冒頭に述べたように、アクチンの分子運動はすべての細胞運動の駆動力であり、アクチンと共に働く補助タンパク質も、CPを含めてすべての細胞に共通であります。よって今回明らかとなったCPの作用を調節する仕組みは、細胞運動全般の仕組みを理解する上で非常に重要な知見となります。すなわち免疫、がん、神経発生といった重要な生命現象のメカニズムを理解する上での基礎となります。またV-1は心臓肥大の原因タンパク質の一つとして知られており、今回の結果が心臓病の治療薬の開発につながると期待されます。さらにCARMILがアクチンフィラメント端に結合したCPを外す仕組みは、CP自身の形の揺らぎを巧みに利用したもので、タンパク質相互作用の制御の方式一般を考える上で非常に興味深い例です。
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2010/100707

「小脳変性に関与する分子メカニズムを解明」(2010/6/9)
(神経変性疾患の治療開発につながることが期待)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、東京医科歯科大学 難治疾患研究所の岡澤 均 教授らは、神経細胞保護的グリア細胞である「バーグマングリア注1)」の増殖に関与する新規分子「MAXER(マクセル)」を発見し、MAXERの減少が、小脳の主要な出力ニューロンであるプルキンエ細胞を保護する役割のバーグマングリアを介して、神経変性病態に関わる分子メカニズムを明らかにしました。

近年、神経細胞の変性にグリア細胞が関わることが注目されていますが、その詳細な分子メカニズムについて明らかになっていませんでした。

本研究グループは今回、脊髄小脳失調症注2)1型(SCA1)の小脳細胞で発現変化を示す分子の網羅的検索から、小脳細胞においてのみ遺伝子発現が低下し、ハンチントン病などの別の変性疾患では発現が変化しない新規分子MAXERを発見しました。解析の結果、MAXERは進化的に保存されている小胞体注3)膜分子であること、またMAXERが減少すると細胞周期がG1期に停滞すること、さらにMAXERが細胞質・核の間を行き来するサイクリンD1の抑制因子であるCDK5RAP3の局在制御を行い、これによって細胞周期を制御することが明らかになりました。同時に、SCA1におけるMAXERの減少がバーグマングリアの減少を招き、結果として神経細胞に対してグルタミン酸毒性が増加して神経細胞変性に関わることを示しました。

この成果は今後、バーグマングリア再活性化を介した神経変性疾患の治療開発につながるものと期待されます。

本研究は、東京医科歯科大学 大学院生(当時)の塩飽 裕紀 氏と共同で行われ、米国・ベイラー医科大学のゾービィ教授の協力を得ました。

本研究成果は、2010年6月8日(英国時間)に欧州分子生物学機構(EMBL)の科学誌「EMBO JOURNAL」のオンライン速報版で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20100608/

細胞膜たんぱく質が物質を細胞内へ運ぶ仕組みを分子レベルで解明 (神経疾患やがんの治療に役立つ可能性)(2010/4/23)
JST 課題解決型基礎研究の一環として、京都大学 大学院医学研究科の岩田 想 教授は、細胞膜に存在し、細胞内に物質を運ぶ役割をするたんぱく質の一種「ヒダントイン輸送体(Mhp1)」の構造解析に成功し、その結果を用いてコンピューターでシミュレーションすることによって、Mhp1が物質を細胞内へ運ぶ仕組みを分子レベルで解明しました。Mhp1はある種の細菌の細胞膜に存在しますが、人間の細胞膜にも神経伝達物質や糖の輸送を担う類似のたんぱく質が存在していることが分かっており、これらはMhp1と同様の輸送メカニズムを持つと推測されています。今回の成果は、輸送体の異常によって生じる病態(例えば神経疾患や一部のがん)の解明や、その診断・創薬・治療に役立つものと期待されます。

生物を構成する細胞は、細胞膜で内と外に隔てられています。生命の維持のために必要なさまざまな物質は、細胞膜に存在する「輸送体」をはじめとする特定の機能を持ったたんぱく質によって細胞膜の外から中に運搬されています。膜に存在するたんぱく質は、水に溶けにくいため、X線結晶構造解析注1)に必要な結晶を作成することが非常に難しく、構造の解析は十分に行われておりません。その中で、岩田教授は2008年にMhp1が細胞外から物質を受け取る状態の結晶構造と、膜の中で物質を運ぶ状態の結晶構造の2つの解析に成功しています。

今回、さらに細胞内へ物質を運び終えた状態の結晶構造を解析することに成功しました。そして、この3つの結晶構造を詳細に分析するとともに、分子動力学計算注2)を用いて、Mhp1は、細胞外から物質を受け取り細胞内へ運び終えるまで、どのように構造を変化するかを明らかにしました。

本研究は、ERATO型研究「岩田ヒト膜受容体構造プロジェクト」の島村 達郎 研究員とアレクサンダー・キャメロン グループリーダーらが中心となって構造解析し、英国のインペリアル大学・オックスフォード大学・リーズ大学、理化学研究所と共同で行われました。

本研究成果は、2010年4月23日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20100423/

マウスの脳内にヒゲの分布パターンを示す新しい神経回路を発見 ―感覚情報処理の理解へ手がかり―(2010/2/24)
JST目的基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院医学系研究科の河崎 洋志 特任准教授らのグループは、大脳皮質注1)に存在する神経回路を新たに見いだしました。今回の成果は脳神経系での感覚情報処理の理解につながることが期待されます。

大脳皮質は知覚や思考などといった高次脳機能の中枢と考えられています。視覚や触覚などの外部刺激は、それぞれ特定の神経回路をたどって処理されると考えられていますが、どのような神経回路が存在し、情報がどのように流れて処理されているのかといったメカニズムの全貌は、脳の構造の複雑さや技術的な制約から未解明の部分が多いのが現状です。

本研究グループは今回、比較的単純な系であるマウスのヒゲ感覚情報の神経回路を探索することを目的とし、子宮内電気穿孔法注2)によってマウスの胎児に緑色蛍光たんぱく質GFP注3)の遺伝子を導入することで特定の細胞の形態を観察するという手法を用いました。この手法によって、大脳皮質の、ヒトでいうと2層と3層にあたる「2/3層」部位の神経細胞群のみを可視化し、神経回路を解析しました。その結果、脳内の特定領域に、マウスの顔のヒゲ分布パターンと同様のパターンを示す新しい神経回路があること、さらに、そうした分布パターンは、発達過程において、産まれた後数日以内に与えた外部刺激に反応して変化しますが、それ以後に与えた刺激には反応しないことが分かりました。

本研究によって分かったマウスのヒゲ感覚に関与する新しい神経回路がモデルとなり、生物種を超えてさまざまな感覚の情報処理メカニズムの解明に向けた研究が加速することが期待されます。また、大脳皮質における情報処理メカニズムが解明できれば、将来的に精神活動や脳神経疾患の理解にもつながる可能性があります。

本研究成果は、2010年2月24日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20100224-2/index.html

世界初、フラーレンによる動物への遺伝子導入に成功 ~低毒性で高機能な遺伝子導入法の開発の端緒に~(2010/2/23)
フラーレン注1)の医療応用を射程圏内に捉えた研究成果を、東京大学医学部附属病院 血液浄化療法部 准教授 野入 英世と東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 教授 中村 栄一らの共同研究チームが発表します。フラーレンを用いた生体への遺伝子導入注2)の報告は世界初です。

このチームは、通常のフラーレン(C60)に4つのアミノ基を持たせた水溶性フラーレン注3)(TPFE)を合成し、糖尿病治療効果のあるインスリン遺伝子を持つDNAと結合させて動物の体内に導入した後に、その遺伝子が発現することで血中インスリン濃度が上がり、血糖が下がることを世界で初めて示しました。これまでの遺伝子導入法では、ウィルスや脂質類似物質が用いられてきましたが、安定性や安全性を初めとした種々の問題点が克服できず、実用段階には到達していません。TPFEは低毒性で、尚かつ安価に大量合成できることから、本研究の発展による新たな遺伝子導入法の展開が期待されます。

なお本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「中村活性炭素クラスタープロジェクト」(研究総括:中村 栄一)の一環として行われました。

本研究成果は、重要な総合科学学術雑誌である米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)」のオンライン版 Early Editionで2010年2月22日の週(米国東部標準時間)に発表されます。また後日発行される印刷版では、ハイライト記事として“In This Issue”セクションにも紹介されます。

<研究内容>
フラーレンは炭素原子60個がサッカーボール状に結合した分子で、国内で工業生産が開始されて以来、これまでさまざまな工業製品への応用が検討されてきました。この度、フラーレンの医療応用を実現し得る研究成果を、東京大学医学部附属病院 血液浄化療法部 准教授 野入 英世と東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 教授 中村 栄一らの共同研究チームが発表します。研究チームは、まず緑色蛍光蛋白質(GFP)注4)をつくる遺伝子を持つDNAと水溶性フラーレン(TPFE)を結合させ、マウスに静脈投与すると、肺、肝臓、脾臓でGFP遺伝子が発現し、GFPがつくられることを見出しました。市販の脂質型遺伝子導入試薬ではDNAとの結合が安定性に欠けるため、静脈注射によって遺伝子を運搬できる臓器が肺のみに限られることとは対照的な結果です。さらに市販の脂質型遺伝子導入試薬では遺伝子導入後、肝臓や腎臓に機能障害が認められますが、フラーレン遺伝子導入試薬では機能障害は全くなく、安全性にも優れています。さらに研究チームは、糖尿病治療効果のあるインスリンをつくる遺伝子を持ったDNAをフラーレンにより運搬することで、血中インスリン濃度を上げ、血糖を低下させられることを見出しました。血糖の低下効果は、これまでに疾患モデル生物の遺伝子導入法において良好な成績を示しているHVJリポソームの効果と同等でした。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20100223/index.html

大脳新皮質に新しい神経前駆細胞を発見 ―成熟ラットで神経新生も確認、てんかんなどの新治療法への応用に期待―(2009/12/28)
JST目的基礎研究事業の一環として、藤田保健衛生大学 総合医科学研究所の大平 耕司 助教らは、大脳新皮質注1)に新しい神経前駆細胞注2)を発見しました。この細胞から神経が新生することも確かめました。

これまでに、記憶の形成に重要な海馬や側脳室の脳室下帯では、大人になっても神経細胞が作られることが明らかになっています。一方、認識・思考・意識などといった高度な脳機能を生みだす大脳新皮質において、大人になっても神経新生注3)が生じるかどうかは、100年以上前から議論が続く大きな問題でした。

本研究グループは今回、細胞分裂している細胞に蛍光たんぱく質を作らせることにより、新しい神経細胞を作ることができる神経前駆細胞がラットの大脳新皮質の表層に存在することを発見しました。さらに脳に虚血(脳虚血)注4)を起こすと、この細胞は、てんかんや過剰な神経活動を抑えることのできる抑制性神経細胞注5)を盛んに産生することも分かりました。「大脳新皮質の第1層にある神経前駆細胞」という英語の頭文字を連ねて「L1-INP細胞」と名付けました。

今後、虚血によらずとも、薬剤などの投与により、これらのL1-INP細胞の増殖や新しく産生された神経細胞の生存を促進させることで、てんかんや認知機能の低下を防ぐ新しい治療法の確立につながる可能性があります。また、統合失調症などの精神疾患では大脳新皮質の抑制性神経細胞が減少する中間表現型注6)が知られていますが、抑制性神経細胞を増殖・維持させることにより、精神疾患の治療にも結びつく可能性を持っています。

本研究成果は、2009年12月27日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Nature Neuroscience」のオンライン速報版で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20091228/index.html

RNA干渉に必須の2本鎖RNAの合成酵素をヒトで初めて発見 -ヒトのRNA干渉の機構解明に大きな一歩-(2009/8/24)
JST目的基礎研究事業の一環として、国立がんセンター研究所の増富 健吉 プロジェクトリーダーは、RNA干渉注1)を起こすのに必須である2本鎖RNAを合成する酵素が、ヒトの細胞でも存在することを明らかにしました。この発見は、ヒトなどのほ乳動物でのRNA干渉の解明につながるものと期待されます。

RNA干渉は、2本鎖RNAが特定の遺伝子の発現を抑制する現象で、ウイルス感染に対する防御機構など生体内のさまざまな局面で重要な役割を担っています。1990年代に、植物で2本鎖RNAを合成する酵素「RNA依存性RNAポリメラーゼ注2)」が発見されて以来、真核生物などでも存在することが報告されていましたが、ヒトなどのほ乳動物での存在は確かではなく、分子生物学における長年の謎のひとつとなっていました。

今回、段階的な実験を重ねた結果、ヒトのテロメア注3)を合成する酵素として知られていたテロメレース逆転写酵素(TERT)注3)が、RNA依存性RNAポリメラーゼとしての機能も持ち合わせており、実際に細胞内で機能していることを突き止めました。この発見は、RNA干渉のメカニズムの重要な部分を解明したもので、開発が進むRNA干渉応用医薬品、新規がん治療法の開発などの発展にも寄与するものと期待されます。

本研究成果は、国立がんセンター研究所の増富 健吉 プロジェクトリーダーを中心とした、理化学研究所 オミックス基盤研究領域の林崎 良英 領域長、ハーバード大学のウィリアム・ハーン 教授らとの共同研究によって得られたもので、2009年8月23日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20090824/index.html

アラキドン酸が神経新生促進と精神疾患予防に役立つ可能性を発見(2009/4/8)
 JST基礎研究事業の一環として、東北大学大学院医学系研究科の大隅 典子 教授らは、多価不飽和脂肪酸注1)の一種であるアラキドン酸注2)が神経新生注3)を促進し、ラットにおいて精神疾患様行動を改善する効果があることを発見しました。
 統合失調症注4)などの精神疾患の患者では、周囲の不必要な雑音などが意識に上らないようにシャットアウトする感覚フィルター機能注5)が弱まる症状が見られます。この感覚フィルター機能は、驚愕音への反応を弱めるプレパルス抑制(prepulse inhibition:PPI)注6)という生理学的な検査で評価することができます。
 本研究グループは今回、脳の発生・発達に重要な遺伝子であるPax6注7)に変異のある動物や、薬剤の投与によって神経新生を低下させた動物モデルにおいて、神経新生の低下がPPIの低下と相関することを見いだしました。これに加えて、これまでに見いだした多価不飽和脂肪酸に結合するたんぱく質が神経新生に関わるという研究結果から、多価不飽和脂肪酸の一種であるアラキドン酸に神経新生向上効果があるのではないかと考えました。
 そこでさらに今回、野生型のラットを生後4週までアラキドン酸を含む餌を与えて飼育し、神経新生の様態を解析したところ、対象群よりも約30%神経新生が向上することが分かりました。また、Pax6変異ラットにもアラキドン酸含有餌を投与したところ、やはり神経新生は向上し、PPIの低下に改善傾向が認められました。これらのことから、アラキドン酸が神経新生を向上させ、精神疾患様行動を改善する可能性が示されました。アラキドン酸を摂取することが、PPIの低下を伴う精神疾患の発症予防や治療に役立つものと期待されます。
 本研究成果は、理化学研究所 脳科学総合研究センターの分子精神科学研究チームの前川 素子 研究員・吉川 武男 チームリーダー、三菱化学生命科学研究所の井ノ口 馨 主任研究員ら、サントリー健康科学研究所の木曽 良信 所長らとの共同研究によるもので、2009年4月7日(米国東部時間)に米国のオンライン科学誌「PLoS ONE」で公開されます。

本成果は、以下の事業の支援によって得られました。
(1)JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 : 「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」
(研究総括:津本 忠治(独)理化学研究所脳科学総合研究センター グループデイレクター)
研究課題名 : ニューロン新生の分子基盤と精神機能への影響の解明
研究代表者 : 大隅 典子(東北大学 大学院医学系研究科 教授)
研究期間 : 平成16年10月~平成22年3月

 JSTはこの領域で、脳機能発達と学習メカニズムに関する独創的、先進的研究が進展し、その結果、教育や生涯学習における諸課題解決に対する示唆を提供することによって、成果を社会に還元することを目指しています。上記研究課題では、脳の細胞を産み出す遺伝子プログラムや、神経機能についての基礎研究を通じて、健やかな脳や心を育むことに貢献します。
(2)文部科学省グローバルCOEプログラム(脳神経科学を社会へ還流する教育研究拠点)
<研究の背景と経緯>
 現在、主たる精神疾患は統合失調症と気分障害(うつ病、躁うつ病)注8)の2つに大別されていますが、前者の統合失調症は思春期以降に好発し、発症率は人口の約1%と決して少ない疾患ではありません。その原因はさまざまであると考えられていますが、中でも脳発達期(特に胎児期)の微細な神経回路の形成障害が、将来の疾患発症の脆弱性基盤に関係するという「神経発達障害仮説」が注目されています。この説を支持する事象として、以下のような状況で統合失調症の発症率が上昇するという疫学的データがあります。

(1)妊婦の栄養不良
(2)妊婦のウイルス感染
(3)産科合併症、周産期障害
(4)母子間のRh血液型不適合
 特に(1)に関しては、第二次世界大戦末期にオランダのアムステルダムで起こったDutch Hunger Winterが有名です。アムステルダムでは戦争中にナチスドイツによって陸路が封鎖された影響で一時的に極端な食糧不足に陥り、食糧配給は最悪の時期1人あたり1日約1,000kcal以下であったと言われています。この飢饉の時期に母親の胎内にいた子どもが思春期に達した時、子どもの統合失調症の発症率は約2倍になったと言われています。また、1959~1961年にかけて中国でも大飢饉が起こりましたが、この時期に母親の胎内にいた子どもが成人に達した時も、統合失調症の発症率は約2倍になったとの報告があります。このように、疫学データからは「胎児期の栄養不良から統合失調症の発症基盤形成」という図式が考えられます。しかし、栄養素といっても非常に多数あり、どの栄養素が直接的な原因かはこれまで特定できませんでした。
 そこで本研究グループは、多価不飽和脂肪酸(PUFA: polyunsaturated fatty acid)の摂取量が精神疾患の発症に関係している可能性を、生物学的マーカーであるPPIを指標として調べました。ちなみに、PPIは統合失調症、双極性障害注9)をはじめとする気分障害、注意欠陥・多動性障害注10)などを含む小児発達性精神障害、強迫性障害注11)(いわゆる強迫神経症)など複数の精神疾患で低下していることが報告されており、これら精神疾患に共通する病理を反映する生理学的指標の可能性があります。同時に、最近はうつ病や統合失調症では神経新生が低下しているとの報告があるため、多価不飽和脂肪酸の神経新生(図1)に及ぼす効果や神経新生の程度とPPIの関連を検討しました。

<研究の内容>
(1)脳発達期の神経新生低下がPPIの低下を引き起こす
 動物では精神疾患そのものを調べることはできませんが、いくつかの生理学的指標はヒトと共通な神経機能に基づいていると考えられます。統合失調症、双極性障害、注意欠陥多動性障害などの精神疾患患者では、ヒト特有の精神症状の他に、周囲の不必要な雑音などが意識に上がらないようにシャットアウトする感覚フィルター機能が弱まる症状が見られます。この感覚フィルター機能は、驚愕音への反応を弱めるPPIを測定することで評価できます(図2)。本研究グループは、疫学的なデータから、発達期の神経新生の低下がPPIの低下につながる可能性があると考え、遺伝的に発達期の神経新生が低下したラット(Pax6変異へテロラット)と、薬剤(methylazoxymethanol acetate: 細胞増殖阻害剤)により発達期の神経新生を低下させたラットとを用いて、それぞれの動物のPPI測定を行いました(図3、4)。その結果、いずれのラットにおいてもPPIが低下していることが分かりました。このことから、生後発達期の神経新生の障害が、将来のPPIの低下を来す神経回路基盤の形成に影響を与えることが示唆されました。

(2)アラキドン酸が発達期の神経新生を促進する
 Fabp7(fatty acid binding protein 7型:脂肪酸結合たんぱく質7型)注12)は、分子量14-15 kDa の低分子たんぱく質で、主に細胞質に存在し多価不飽和脂肪酸の取り込みや輸送、核内受容体(転写因子)と複合体を形成して他の遺伝子の発現調節に関わると言われています。本研究グループはこれまでに、Fabp7が胎生期から生後の脳に発現し神経幹細胞の増殖の制御に関わることを見いだしています。そこで今回、Fabp7と結合する多価不飽和脂肪酸が生後の神経新生に与える影響を調べました。
 多価不飽和脂肪酸(特にアラキドン酸あるいはドコサヘキサエン酸=DHA)を多く含む餌を野生型ラットの母親に経口投与し、母乳を介して仔ラットに生後2日目から4週間にわたって多価不飽和脂肪酸を与えました。すると、特にアラキドン酸を摂取した仔ラットの海馬において増殖細胞数が約30%増加するとともに(図5)、神経前駆細胞のマーカーであるグリア細胞線維性酸性たんぱく質(glial fibrillary acidic protein:GFAP)やポリシアル化神経細胞接着分子(polysialic acid-neural cell adhesion molecule:PSA-NCAM)の発現が増加することが分かりました。以上の結果を考え合わせると、胎生期から生後にかけて神経幹/前駆細胞に発現するFabp7が、多価不飽和脂肪酸(特にアラキドン酸)の取り込みと輸送、また、種々の遺伝子発現調節を行うことにより脳発達(神経新生)の制御を行う可能性が考えられました。

(3)アラキドン酸摂取によりプレパルス抑制の低下が改善する可能性がある
 次に、発達期に神経新生の低下を示し、かつ成体期にPPIの低下を示す動物(Pax6変異へテロラット)に対して、発達期の神経新生を改善させた場合に成体期のプレパルス抑制の低下が改善するかを調べました。Pax6変異へテロラットに対して、生後2日目から成体になるまでアラキドン酸を与えたところ、生後15週齢時点においてPPIの低下が改善傾向を示すことが明らかになりました(図6)。この結果、アラキドン酸が生後神経新生の改善を通じて成体期のPPIの低下を改善する可能性があることが考えられました。

<今後の展開>
 今回の結果から、脳の発生・発達期における微細な障害が、精神疾患の発症しやすさ(脆弱性)の基盤になるという仮説を栄養学的観点から補強したと考えます。また、精神疾患はいくつもの遺伝子と環境要因が複雑に関与して発症すると考えられますが、今回の結果は遺伝要因(今回の場合Pax6やFabp7)と環境要因(今回の場合多価不飽和脂肪酸、特にアラキドン酸の摂取)の相互作用の観点からも、発症脆弱性基盤の形成メカニズムの一端を明らかにしたものと考えます。
 脳発達期の栄養不良による精神疾患の発症の分子機構には未知の部分が多いと考えられますが、妊娠中から生後発達期にかけての多価不飽和脂肪酸の適正な摂取が精神疾患発症の予防につながるか、今後の研究が期待されます。

<用語解説>
注1)多価不飽和脂肪酸
 脂肪酸は、長鎖炭化水素の1価のカルボン酸であり、一般式 CnHmCOOH で表わすことができる。細胞膜脂質の構成成分や神経細胞を取り巻くミエリン脂質の構成成分として生体内(特に脳)に著量存在する。炭素鎖に二重結合を有しない脂肪酸は飽和脂肪酸、炭素鎖に二重結合を有する脂肪酸は不飽和脂肪酸と呼ばれ、特に二重結合が2つ以上ある不飽和脂肪酸のことを多価不飽和脂肪酸という。大豆油、ひまわり油などの植物油や魚油に多く含まれており、融点が低いために流動性が高く、室温では柔らかい状態か液体状である。
 具体的には、例えば炭素数が16個の飽和脂肪酸はパルミチン酸、炭素数が18個で二重結合が1つの不飽和脂肪酸はオレイン酸、炭素数が18個で二重結合が2つの不飽和脂肪酸にはリノール酸などがある。ドコサヘキサエン酸(DHA)は炭素数が22個、二重結合が6個の不飽和脂肪酸で、生体内でα―リノレン酸から変換される。アラキドン酸(ARA)は炭素数が20個、二重結合が4個の不飽和脂肪酸であり、リノール酸から変換される。DHAやARAは母乳中に含まれるが、乳児ではα―リノレン酸やリノール酸からの変換能が弱いと言われている。
 飽和脂肪酸はエネルギー源として代謝されるが、多価不飽和脂肪酸の一部は必須脂肪酸であり、不足すると皮膚障害、不妊などが引き起こされることから、いろいろな生体機能を担っていると考えられる。

注2)アラキドン酸
 DHA(ドコサヘキサエン酸)と同様に、脳・肝臓・皮膚などの身体のあらゆる組織を構成する主要な多価不飽和脂肪酸のひとつ。食品中には肉、卵、魚などに多く含まれており、体内で合成できないために外界(通常は食事)から摂取する必要がある。食事由来のリノール酸から体内で変換されて作られるが、ヒトにおける変換能はあまり高くないとされている。必須脂肪酸は、多くの代謝過程で働いているため、不足したり種類のバランスが悪かったりすると、体調を崩す原因になることが示唆されている。

注3)神経新生
 脳の中には、1,000億個のニューロン(神経細胞)と、その10倍の数のグリア細胞(神経膠細胞)が存在し、精密なネットワークを形成している。ネットワーク構築のためには、脳の細胞の元になる細胞(神経幹細胞)が多数分裂して数を増やし、ニューロンやグリアの細胞に変化する(分化する)ことが必要である。この過程を「神経新生」(もしくはニューロン新生)と呼ぶ。すなわち、神経幹細胞は分裂して自己を複製し、その存在を維持しつつ、神経細胞やその他の脳を構成する多様な細胞へ分化している。海馬では神経幹細胞は海馬歯状回顆粒層下層と呼ばれる特定の領域で脳が完成した生後も見られるが、その程度は加齢とともに減少することが知られている。

注4)統合失調症
 統合失調症は人口の約1%が罹患する精神疾患で、思春期・青年期に発症することが多い。幻覚や妄想、思考の障害、自発性の低下、感情の平板化などを主要な症状とし、社会的機能低下も問題となる。統合失調症の発症には、他の多くの精神疾患と同様に複数の遺伝的要因と環境要因が複雑に相互に作用していると考えられているが、詳細なメカニズムは不明である。症状を緩和する薬は1950年代に偶然発見されたが、根本的治療薬の開発や予防法の開発が待たれる。

注5)感覚フィルター機能
 生体には、五感を通して絶えず感覚入力があるが、必要な感覚しか意識に上らないようになっている。これは、感覚情報が集まる視床という脳部位に感覚入力のフィルター機能があって、無秩序で過剰な信号が大脳皮質に行かないように感覚入力を制限しているためと考えられている。たくさんの人が雑談しているカクテルパーティーのような雑踏の中でも、自分が興味のある人の会話、自分の名前などは、自然と聞き取ることができる「カクテルパーティー効果」も、この感覚フィルター機能に基づいている。統合失調症では、この感覚フィルター機能に障害があるために、不必要で無関係な信号が大脳皮質に過剰に伝達され、思考障害や困惑などの症状が起こる一因になっていると考えられている。感覚フィルター機能は音驚愕プレパルス抑制テスト(図2)によって測定することができる。

注6)プレパルス抑制(prepulse inhibition:PPI)
 突然の刺激(例えば驚愕音)への反応を、その直前に、同種かつ驚愕を引き起こさない程度の弱い刺激を与えることによって抑制する現象のこと。上記の感覚フィルター機能もしくは感覚運動情報制御機能(sensorimotor gating)を反映する指標の1つ。

注7)Pax6
 転写調節因子は遺伝子のスイッチをオン・オフしたり、発現量を増減させたりすることで、遺伝的プログラムで中心的な役割を果たす因子である。Pax6遺伝子が作るたんぱく質は細胞の核の中で転写制御因子として標的の遺伝子のスイッチを押す働きがある。Pax6は特に中枢神経系(脳)の発生の最も初期から成体まで神経幹細胞で働き、神経幹細胞の増殖と分化を制御することが知られている重要な因子である。本研究グループの大隅らは既に、脳で最も多い細胞であり、ニューロン(神経細胞)の働きを助けるなど多様な機能を担うアストロサイトの発生を同因子が制御することを報告している。

注8)気分障害(うつ病、躁うつ病)
 気分障害は、統合失調症と並ぶ2大機能性精神疾患の1つとされている。文字通り気分の変調をきたす疾患で、病的という場合、変調の程度(重症度)、持続期間などが考慮される。経過を通して抑うつだけが見られる場合は、うつ病という。うつ病性障害では、気分が落ち込む「抑うつ気分」や、何をしても興味が持てない「興味や楽しみの喪失」のために非常な苦痛を感じて、日常生活に支障が生じる。生涯発症率は、男性よりも女性で高い傾向がある。先進国では10~20%、あるいはそれ以上であると報告されている。経過中にうつ状態だけでなく、躁状態が現れる気分障害は、躁うつ病(双極性障害)と言われている。躁状態では、非常に元気が良くなって何でもできると思い込むようなったり、気分爽快で自分ひとりで何でもきるような万能感を持ったりする。躁うつ病の生涯発症率は、性別や地域にあまり影響されず、1%弱であると言われている。

注9)双極性障害
 気分障害の1つ。気分障害については注7を参照。

注10)注意欠陥・多動性障害
 注意欠陥・多動性障害は多動性、不注意、衝動性を症状の特徴とする発達障害の1つと言われており、ADHD(Attention Deficit / Hyperactivity Disorder)と呼ばれることも多い。規律を守らなければならない社会的ルールが増加する、小学校入学前後に発見される場合が多い。一般に遺伝的原因があるとされるが、原因は不明である。注意力を維持しにくい、時間感覚がずれている、さまざまな情報をまとめることが苦手などの特徴がある。日常生活に大きな支障をもたらすが、適切な治療と環境を整えることによって症状を緩和することも可能である。脳障害の側面が強いとされ、しつけや本人の努力だけで症状などに対処するのは困難であることが多い。

注11)強迫性障害
 してはならないことをしてしまった、あるいは、してしまうのではないかという不安・疑念(強迫観念という)を感じて質問や確認を繰り返したり、自分や自分の生活圏が汚れや細菌で汚染されているのではないかという強迫観念にかられ、手を何度も洗う行為(強迫行為という)がみられる。疾患のメカニズムは不明である。統合失調症や気分障害(特にうつ病)に伴うこともある。

注12)Fabp7(fatty acid binding protein 7型:脂肪酸結合たんぱく質7型)
 Fabp7遺伝子は「脂肪酸結合たんぱく質」を作る。類似の遺伝子が複数あり、ファミリーを形成している。現在のところ、Fabp1からFabp12の少なくとも12種類が知られている。Fabp7たんぱく質は、別名「脳型脂肪酸結合たんぱく質」と呼ばれ、体内の組織では脳内で多く発現している。脳の発達期では未分化な神経幹細胞に多量に発現するが、大人になると発現量は減少し、アストロサイトというグリア細胞の一種に局在するようになる。結合する脂肪酸として、(必須)不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)やアラキドン酸(ARA)に親和性が高い。このように、Fabp7たんぱくは脳発生初期の未分化な神経幹細胞の中にたくさんあり、分化したニューロンにはほとんど見当たらないことから、機能の一部として、未分化な神経幹細胞の増殖あるいは分化(すなわち神経新生の過程)に関わっていると考えられている。なお、Fabp7はヒト以外の生物種でのたんぱく質に対する表記であり、ヒトではFABP7と表記する。

<論文名>
"Arachidonic acid drives postnatal neurogenesis and elicits a beneficial effect on prepulse inhibition, a biological trait of psychiatric illnesses"
(アラキドン酸は生後神経新生を促進し、精神疾患の生物学的指標となるプレパルス抑制に良い効果をもたらす)
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20090408/index.html

「クラゲ由来天然素材の研究開発・製造・販売」などを行うベンチャー企業設立 (JST大学発ベンチャー創出推進の研究開発成果を事業展開)(2009/4/3)
 JST(理事長 北澤 宏一)は産学連携事業の一環として、大学や公的研究機関などの研究成果をもとにした起業のための研究開発を推進しています。
 JSTは独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進にて理化学研究所(理事長 野依 良治)に委託して平成18年度より研究開発課題「クラゲ廃棄物から抽出した新規ムチン生産の企業化」(開発代表者:丑田 公規 理化学研究所 基幹研究所 丑田環境ソフトマテリアル研究ユニットリーダー=現 基幹研究所 和田超分子科学研究室 専任研究員=、起業家:木平 孝治)の研究開発を実施しました。その成果をもとにメンバーらが出資して平成21年4月3日、「株式会社 海月研究所」を設立しました。
 本研究開発チームでは、未使用資源であるクラゲ廃棄物からの新規ムチン注1)大量生産の第一段階として、製造プラントを完成させました。また新規ムチンの応用として、東海大学医学部外科学系整形外科の研究グループと協力し、ウサギを使った動物実験で変形性関節症の治療効果を高める新たな治療方法の開発にも成功しました。この治療方法は、新規ムチンとヒアルロン酸を併用するもので、ヒアルロン酸単独投与に比べ治療効果を飛躍的に改善・向上させるという特徴があり、新規ムチンの医用材料としての有用性を示すものです。
 「株式会社 海月研究所」は、起業後2~3年間でクラゲから有用物であるムチンとコラーゲンをより効率よく抽出・製造する技術の開発およびそれらの商品開発を進め、起業後4年目に年間売上高3億円を目指します。
 今回の「株式会社 海月研究所」設立により、プレベンチャー事業および大学発ベンチャー創出推進によって設立されたベンチャー企業数は88社となりました。

今回の企業の設立は、以下の事業の研究開発成果によるものです。
 独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進

研究開発課題:「クラゲ廃棄物から抽出した新規ムチン生産の企業化」
開発代表者:丑田 公規(理化学研究所 ユニットリーダー=現 専任研究員=)
起業家:木平 孝治
研究開発期間:平成18~20年
独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進では、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業および事業展開に必要な研究開発を推進することにより、イノベーションの原動力となるような強い成長力を有する大学発ベンチャーが創出され、これを通じて大学などの研究成果の社会・経済への還元を推進することを目的としています。
<開発の背景>
 日本海沿岸で大量発生し漁業に深刻な被害をもたらす巨大クラゲ「エチゼンクラゲ」や、海水を利用する原子力・火力発電プラント、臨海プラントなどの取水を止め、プラントの機能の低下をもたらす「ミズクラゲ」は、利用価値がなくクラゲ廃棄物として取り扱われてきました。しかし、理化学研究所基幹研究所の丑田環境ソフトマテリアル研究ユニットと信和化工株式会社が共同で、これらのクラゲ中に糖たんぱく質「ムチン」、すなわちクラゲ由来ムチン注2)という新物質を発見し、抽出しました。これを医薬品や化粧品、食品添加物などへの用途に応用できれば、クラゲ廃棄物の有効利用の事業化が可能と考えました。

<研究開発の内容>
―技術面―
 未同定であった糖鎖修飾基を確定し、ムチンの全体像を明らかにしました。全体像が分かったことで、今後の用途開発がさらに加速するものと期待されます。
 医用材料としての品質要求に耐えられる高品質ムチンの精製法を確立し、開発用サンプル提供を可能にしました。この開発用サンプルにより、理化学研究所は東海大学医学部とムチンの関節症治療への応用研究を行い、医療用途への道が開けました。
 ムチン大量製造の技術開発においては、丸和油脂株式会社の協力を得て最大年間処理量50t(クラゲ湿重量)のクラゲ由来ムチン・コラーゲン製造プラント(協力会社工場内設置)を完成させました。今後新会社でこのプラントの最適化を行い、事業化に活用する予定です。

―事業化面―
 調査・事業化活動により、各地漁協や電力会社の参加を得て、クラゲ原料の安定確保を、また、製品開発および販売先確保を目的として医用材料や医薬品、食品添加物、化粧品企業などのネットワーク構築を行いました。これらの活動の結果、協力会社2社の支援を得て株式会社 海月研究所を設立しました。

<今後の事業展開>
 クラゲ有用化事業を可能とするためには、さらなる製造コストの低減やムチン新規用途開発、コラーゲンなど他の有用物の同時製造が求められます。今後、株式会社 海月研究所では協力会社・支援者と協調して、製造ステップの最適化を進め、医療用途の他に、協力会社の製品分野(化粧品・食品)を中心に用途開発を加速します。最終目標として、クラゲ廃棄物の利活用事業を実現することによって、環境保全の推進やクラゲの被害に困っている漁業事業者などへの利益還元、雇用創出、経済刺激など社会的貢献につなげたいと考えています。

<用語解説>
注1)ムチン
 ムチン型たんぱく質。糖たんぱく質の一種で、複数の糖からなる糖鎖がα-O-グリコシド結合によって、たんぱく質骨格のスレオニン、あるいはセリンの水酸基と高頻度で結合しているもの。粘液の主成分であることが多く、一般に粘度・保水性が高い。

注2)クラゲ由来ムチン
 クラゲから抽出したムチン。構造から分類するとムチン型たんぱく質に含まれるが、糖鎖が短く、また糖鎖がシリアチンと呼ばれるアミノ酸の一種で修飾されていることを特徴する新規のムチン化合物であり、その新規性からこれまでとは異なる用途への利用が期待される。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20090403/index.html

脳の中のお医者さん「ミクログリア細胞」の働きを解明 -特殊な顕微鏡で脳の修復過程のライブ撮影に初めて成功-(2009/4/1)
 自然科学研究機構 生理学研究所の鍋倉 淳一 教授のグループは、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究成果として、脳の中のお医者さんである「ミクログリア細胞」の働きを、特殊な顕微鏡(二光子レーザー顕微鏡)で観察することに成功しました。脳卒中や脳虚血で傷ついた脳の修復過程におけるミクログリア細胞の働きを明らかとしました。新たな治療法開発にもつながっていく成果です。

<プレスリリース内容>
 脳の中には“ミクログリア細胞”と呼ばれる免疫細胞があり、脳卒中や脳血管障害で傷ついた脳を治したり不要な物を取り除いたりする「脳の中のお医者さん」の役割を果たしていると考えられています。しかし、実際に、ヒトや動物の脳の中でどのように神経を“検査・検診”し、「お医者さん」として働いているのかこれまで知られていませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の鍋倉 淳一 教授の研究グループは、新たに改良した特殊な顕微鏡(二光子レーザー顕微鏡)を用いることで脳内のライブ撮影に始めて成功し、この脳の中のお医者さん「ミクログリア細胞」の働きを世界ではじめて明らかにしました。4月1日発行の米国神経科学学会誌(ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス、電子版)に掲載され、注目論文として紹介されます。

 キーワードは、日頃の“検査・検診”と“触診”。ミクログリア細胞は、正常な脳でも、脳の神経細胞のつなぎ目である“シナプス”の検査・検診を怠らないことが初めて明らかになりました。1時間に1回、正確に5分間、まるでシナプスに聴診器をあてるように先端をふくらませて異常がないか“さわって検査”。神経の活動が増すとその回数も増加。しかし、脳梗塞などで障害をうけた場合には、じっくり1時間以上“シナプス全体を包み込むように触って“精密検診“を行う様に検査していることもわかりました。また、しばしばミクログリア細胞による“精密検診”のあと、あたかも修復が困難であると判断したかのようにシナプスが消えてなくなることも分かりました。このように、脳神経が障害をうけ回復していく過程や、発達段階で不必要な神経回路がなくなったりする際に、ミクログリア細胞のこうしたダイナミックな“検査・検診”の働きが重要であると予想されます。

 鍋倉 淳一 教授は「脳梗塞などで障害を受けた神経回路に対するミクログリア細胞の検査・検診の方法はダイナミックに変化することがわかりました。このメカニズムを利用し、障害をうけた脳の中のミクログリア細胞を、薬物や生物活性因子で刺激することができれば、脳の修復を早めたり、脳の機能回復のリハビリテーションに効果的だったりするかもしれません。」と話しています。

 本成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」(研究総括:津本 忠治)における研究課題「発達期および障害回復期における神経回路の再編成機構」のもと得られたものです。

<今回の発見>
 改良に改良を重ねた世界最先端の二光子レーザー顕微鏡(図1)を用いて「脳の中のお医者さん」であるミクログリア細胞の生きたままの働きをライブ撮影することに成功しました。障害をうけたときに、脳がいかに修復していくか、細胞レベルで明らかにしました。ミクログリア細胞は、神経細胞のつなぎ目であるシナプスに、正常でも1時間に5分間は“タッチ”して触診していることがわかりました(図2、図3)。とくに脳が障害をうけた場合には、長くタッチして精密検査を行っていました(図2、図3)。

<この研究の社会的意義>
(1)脳が傷害をうけたときの修復過程と、その時のミクログリア細胞の働きを、はじめてライブ画像化することができました。
 障害をうけた神経細胞が、ミクログリア細胞によってどのように「治療」されるのか、「脳のお医者さん」のはらたきは、これまで謎とされてきました。今回、改良を重ねた二光子レーザー顕微鏡で、脳の中のミクログリア細胞の働きのライブ撮影にはじめて成功しました。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20090401/index.html

細胞内や生体内で狙ったたんぱく質だけ 目印を付けることができる化学プローブ分子の開発 (バイオイメージングやバイオセンサー構築がよりリアルに、容易に)(2009/3/30)
 JST基礎研究事業の一環として、京都大学の浜地 格 教授らは、特定のたんぱく質を狙って、それが存在する細胞内や生体内環境で、そのたんぱく質の機能を損なうことなく、選択的に目印(ラベル)を付けることができる化学プローブ分子注1)を世界で初めて開発しました。
 従来、化学的な手法によるたんぱく質のラベル・修飾注2)は、選択性が低く、細胞内のたんぱく質には使えないと考えられてきました。そのため、オワンクラゲの蛍光たんぱく質(GFP)に代表されるような特種なたんぱく質を遺伝子上であらかじめ目的たんぱく質に融合させ、それを細胞内に発現させるという分子生物学的手法が用いられてきました。しかし、この遺伝子操作によって改変させたたんぱく質は、本来の自然な細胞とは異なる状態を誘導する可能性があるため、遺伝子操作が不要でかつ選択性の高い化学的な方法の開発が望まれていました。
 本研究グループは今回、導入したいラベルに標的たんぱく質へのターゲティング能を付与した化学プローブ分子を設計しました。さらに、これまでたんぱく質の修飾反応としては利用されていなかったトシル化学と呼ばれる化学反応を用いることによって、細胞内や生物個体内でもその機能を損なうことなく、狙ったたんぱく質を選択的にラベル化する手法を開発しました。
 この手法は、細胞内や生体内というたんぱく質や酵素が実際に働いている、より自然に近い状態での観察やイメージングを可能にすることから、たんぱく質に対する理解を促進するだけでなく、異常たんぱく質の検出による病気の診断、細胞内で構築されたバイオセンサー注3)を用いた創薬開発などにも役立つと考えられます。また将来的には、異常をきたした酵素やたんぱく質を直接修復することができる化学技術へと発展することも期待されます。
 本研究成果は、2009年3月29日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Chemical Biology」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST) 研究領域 : 「プロセスインテグレーションに向けた高機能性ナノ構造体の創出」
(研究総括:入江 正浩 立教大学 教授)
研究課題名 : 動的応答特性を有するナノ構造体の構築と精密バイオ機能化
研究代表者 : 浜地 格(京都大学 大学院工学研究科 教授)
研究期間 : 平成20年10月~平成25年9月
 JSTはこの領域で、自己組織化に代表される従来のボトムアッププロセスに、分子レベルでの精緻な機能を利用して自訴構造化や自己修復などの新たな手法を取り込んで一段の高度化を図ることによって新規高機能性ナノ構造体の創出を目指しています。上記研究課題では、細胞の内部に侵入しその状態を精密にセンシングしたり、その働きを制御したりすることができる動的なナノ構造体の創製を目標に研究を展開しています。

<研究の背景と経緯>
 たんぱく質や酵素は生命維持をはじめ、あらゆる生命現象を支える主役の1つであるために、その機能や構造の理解はライフサイエンスにおける大変重要な課題です。またそれらの異常は直接病気につながることが多いので、たんぱく質や酵素の状態変化や異常を正確に検出・分析することは、病気の診断や予防にもつながると考えられています。最近では、その働きを理解し、異常を検出するためには、それらを試験管の中に取り出して調べるだけでなく、実際にたんぱく質や酵素が存在し、機能を発揮している細胞や生体の中でそのまま直接見ることが重要と考えらえるようになってきました。
 このために、昨年の下村 脩氏のノーベル化学賞受賞の対象となったオワンクラゲの蛍光たんぱく質(GFP)を用いた細胞内でのたんぱく質の蛍光イメージング技術が広く活用されています。ところが、GFPを使った方法も含めて従来の手法では、いったんたんぱく質の設計図である遺伝子を改変してGFPなどの目印を付けた融合たんぱく質となるようにし、これを細胞に戻して調べなければなりません。そのため、本来の自然な細胞環境とは異なる現象を観察してしまう恐れが常にあるうえ、元から細胞にあったたんぱく質の様子をそのまま調べることは不可能でした。遺伝子操作を加えることなく、そのままの細胞環境で、狙ったたんぱく質に、その働きを阻害することなく目印を付けることができれば、真に生体環境に近い状態で存在するたんぱく質の観察や分析ができることになると期待されていましたが、そのような手法はこれまでありませんでした。

<研究の内容>
 本研究グループは、これまで選択性が低いため、あるいは、たんぱく質機能を阻害してしまうために使えなかった化学的手法を飛躍的に発展させて、細胞内や生物個体内で狙ったたんぱく質に選択的に目印(ラベル)を付け、またその目印を利用することによってたんぱく質をバイオセンサーのような新しい機能性たんぱく質へ変換できる化学的方法論を世界で初めて開発することに成功しました。
 具体的には、以下に述べるような分子設計を施した化学プローブと呼ばれる数ナノメートルサイズの小さな分子を作り、これを化学ツールとして用いました。まず、導入したい目印にたんぱく質をターゲットする部品(リガンド)を付けて標的たんぱく質に選択的に相互作用する能力を付与しました。その際、目印とリガンドをトシル基と呼ばれるフェニルスルフォネート結合を介して連結しました。こうすることで、この化学プローブは標的たんぱく質と相互作用したときにのみそのたんぱく質と反応を起こすことができ、また、たんぱく質をラベル化(目印付け)すると同時に、たんぱく質ターゲットに使われたリガンド部位が切り離される仕組みになっています。この化学プローブは、細胞の外から内側へ侵入し、細胞内に存在する多種多様な成分の中から標的となるたんぱく質に選択的に近づき、そのたんぱく質の表面に目印をつけることを可能にしました。
 このラベル化は、試験管の中での精製したたんぱく質に対してだけでなく、(培養)細胞内やマウスの体内でも起こることも分かりました。また、ラベル化によってたんぱく質を蛍光で光らせることや磁気イメージングできるMRI活性注4)にすることもでき、これらのたんぱく質は細胞内で特定の分子と結合し、それらの存在の有無を読み出すことができるバイオセンサーとして機能することも確かめました。

<今後の展開>
 この技術は、より生体環境に近い状態でのたんぱく質や酵素の観察、解析を可能とするため、生体内での種々のたんぱく質や酵素の存在場所や役割の理解を促進するだけでなく、細胞内バイオセンサーの構築を容易にすることにつながり、それらを用いた創薬開発を容易にすると考えられます。また、異常をきたしたたんぱく質のイメージングや検出による疾病の診断などへと応用されることが期待できます。さらに将来的には、細胞内や生体内で異常をきたしたたんぱく質や酵素の選択的な分解や修復を可能とする化学的手法の開発を促す契機となることも期待されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20090330/index.html

白血球の一種「好中球」が感染源に向けて動く際の基本原理を解明 (炎症性疾患の治療応用に期待)(2009/3/27)
 JST基礎研究事業の一環として、九州大学生体防御医学研究所の福井 宣規 教授らは、白血球の一種・好中球注1)が細菌などの感染源に向かって動く際、2種類のリン脂質注2)を使ってDOCK2というたんぱく質の細胞内での位置を制御し、細胞の形態を変化させ、効率よく運動できるようにしていることを突き止めました。
 細胞が動く際には、進行方向に向かって仮足を伸ばすことが知られています。福井教授らは以前、DOCK2がRac注3)という細胞内シグナル伝達因子を活性化し、好中球の仮足形成に重要な役割を演じることを明らかにしました。しかし、DOCK2の細胞内局在を制御するメカニズムは不明でした。
 このメカニズムについて、本研究グループは今回、緑色蛍光たんぱく質(GFP)を融合することによってDOCK2の細胞内での動きを可視化できるようにした好中球を用いて解析し、ホスファチジルイノシトール三リン酸(PIP3)というリン脂質が産生されるとDOCK2が細胞膜に引き寄せられ、続いてホスファチジン酸(PA)という別のリン脂質を介してDOCK2が局所に集積するという、2段階の制御機構が働いていることを世界で初めて明らかにしました。
 好中球は生体防御において重要な役割を演じていますが、一方で自己免疫疾患やアレルギー疾患の発症・増悪にも関わっています。今回の成果は、このような炎症性疾患の新しい治療法の開発に役立つことものと期待されます。
 本研究成果は、2009年3月26日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Science」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題と、文部科学省ターゲットタンパク研究プログラムおよびゲノムネットワークプロジェクトによって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST) 研究領域 : 「アレルギー疾患・自己免疫疾患などの発症機構と治療技術」
(研究総括:菅村 和夫 東北大学大学院医学系研究科 教授)
研究課題名 : 細胞骨格制御シグナルを標的とした免疫難病治療の新戦略
研究代表者 : 福井 宣規(九州大学生体防御医学研究所 教授)
研究期間 : 平成20年10月~平成26年3月
 JSTはこの領域で、アレルギー疾患や自己免疫疾患を中心とするヒトの免疫疾患を予防・診断・治療することを目的に、免疫システムを適正に機能させる基盤技術の構築を目指しています。上記研究課題では、細胞骨格制御に重要な役割を演じるDOCK2をはじめとするCDMファミリー分子群の機能・構造・シグナル伝達機構を包括的に解析し、免疫難病の新しい治療法を開発することを目的としています。

<研究の背景と経緯>
 好中球は感染局所に速やかに集積し、病原微生物を貪食し、活性酸素を産生することでその除去に働く、いわば生体防御の最前線で機能する白血球です。好中球は感染源を感知すると、その方向に向かって仮足を伸ばします。この仮足は、細胞骨格であるアクチン繊維注4)により構成されており、アクチン繊維が網目状の構造を形成していくことで、仮足の伸張と細胞の推進力を生み出していることが知られています(図1)。このようなアクチン繊維の再構成は、細胞内で「分子スイッチ」として働くRacというたんぱく質により制御されており、このRacと協調して機能するのが、感染源からの刺激を受けて産生されるホスファチジルイノシトール三リン酸(PIP3)というリン脂質です。九州大学生体防御医学研究所の福井 宣規 教授らは以前、好中球においてRacのスイッチを“on”にする分子がDOCK2であることを突き止め、DOCK2が細胞の進行方向前端(先導端)に集積することで局所的にアクチン繊維の再構成を促すことを明らかにしました。しかし、DOCK2の細胞内局在を制御するメカニズムは不明でした。

<研究の内容>
 これまで多くの細胞において、Racのスイッチを“on”にする分子はPIP3によって先導端にリクルートされ、Racの活性化を局在化させることで仮足を形成すると考えられてきました。しかし、本研究グループの福井教授と同研究所の錦見 昭彦 助教らは今回、PIP3産生に必要なPI3キナーゼγと呼ばれる酵素が欠損した好中球を用いてDOCK2の局在を検討し、PIP3を産生できない好中球ではDOCK2の細胞膜への移行が部分的に障害されるものの、最終的にDOCK2が先導端に集積し、仮足が正常に形成されることを見いだしました(図2)。このことから、DOCK2の最初の細胞膜への移行はPIP3によって担われているものの、これに続く先導端への集積はPIP3以外の分子によって制御されていると考えました。
 そこで、この分子の同定を目的に研究を行った結果、ホスファチジン酸(PA)というリン脂質の産生を担うホスホリパーゼD(PLD)という酵素の活性を阻害すると、DOCK2の先導端への集積と仮足の形成が障害されることが分かりました(図3)。DOCK2を発現する好中球にPAを添加するとアクチンの重合が起こりますが、DOCK2を欠損した好中球ではこのような変化が起こりません(図4)。このことから、PAはDOCK2を介してアクチン繊維の再構成を制御していると考えられます。さらに、DOCK2のPAと結合する領域を特定し、この領域に変異を入れてPAとの結合能を失わせたDOCK2では、仮足を形成する能力が低下し、好中球の運動を引き起こせないことも実証しました。
 これらの結果から、PIP3とPAという2種類のリン脂質が、順序立てて産生され、DOCK2を適切な時期に適切な位置に導くことにより、好中球が仮足を伸張して運動する際に必要なアクチン繊維の再構成を時間的・空間的に制御していることが明らかになりました(図5)。

<今後の展開>
 好中球は生体防御において重要な役割を演じていますが、一方で自己免疫疾患やアレルギー疾患の発症・増悪にも関わっています。今回の成果は、このような炎症性疾患の新しい治療法の開発に役立つものと期待されます。また細胞運動は、免疫応答以外にも器官形成や創傷治癒、がんの転移と深く関わっていることから、このような生理的あるいは病的現象の理解にも貢献する可能性があります。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20090327/index.html

X線繊維回折でアクチンフィラメントの構造を解明 - 生命の基本タンパク質「アクチン」が担う生理機能のメカニズム解明に一歩(2009/1/22)
◇ポイント◇
構造モデルの検証やアクチン変異体解析の検証を展開、新しい詳細構造モデルを得る
単量体から重合体へとフィラメントを構成するには、アクチン分子の平板化が必須
1つの細胞内のあらゆる生命現象を理解する鍵を獲得

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、独立行政法人科学技術振興機構(JST、北澤宏一理事長)および国立大学法人名古屋大学(平野眞一総長)は、生命維持機能を担う基本的なタンパク質の1つ「アクチン※1」が重合し、数珠状につながってできる「アクチンフィラメント※2」の詳細な構造を解明しました。アクチン単量体が持つねじれた2つの大きなドメインが、重合の際に相対的に回転して平板な構造になることなどが分かり、これらの構造から、謎となっていたアクチンが関わる細胞運動のメカニズムを解明できると期待されます。これは、理研放射光科学総合研究センターX線構造解析研究チームの小田俊郎チームリーダーと相原朋樹研究員、名古屋大学大学院理学研究科附属構造生物学センターの前田雄一郎教授と成田哲博助教、JST戦略的創造研究推進事業ERATO型研究「前田アクチンフィラメント動態プロジェクト」の岩佐充貞研究員が行った研究の成果です。
 アクチンは、真核細胞に多量に存在するタンパク質の1つで、細胞の運動、細胞内の運動、小器官の固定、細胞分裂など、生命の基本的な生理機能を担っています。このアクチンは、1個1個バラバラな単量体状態(G-アクチン)と、それが重合したフィラメント状態(F-アクチン)の2状態をとることが知られています。多くの細胞運動は、アクチンの単量体から重合体への変化により起こります。1942年にアクチンが発見されて以来、1950~60年代には名古屋大学・大阪大学の大澤文夫名誉教授らのグループが、アクチン重合の熱力学的研究を進め、1990年にはドイツのマックスプランク医学研究所のK.C.ホームズ (Holmes)ディレクターらが、アクチン単量体の結晶構造を解明しました。現在までの重合体の構造モデルは、この単量体結晶構造を積み上げただけのモデルが使われています。
 今回、理研が所有する大型放射光施設SPring-8※3を用いたX線繊維回折法※4により、F-アクチンの構造モデルを構築し、低温電子顕微鏡※5を用いたモデルの検証や、アクチン変異体解析による検証を経て、アクチンの重合に伴う構造変化は、2つの大きなドメインが相対的に回転する単純な変化である、という新しい詳細構造モデルを考案しました。これにより、フィラメントを構成するアクチン同士の結合、アクチン結合タンパク質との結合など、アクチンが担う生理機能のメカニズム解明の基盤が確立すると期待されます。
 これは、JST戦略的創造研究推進事業ERATO型研究「前田アクチンフィラメント動態プロジェクト」(研究総括:前田雄一郎教授)の一環として行われたもので、この研究成果は、科学雑誌『Nature』(1月22日付けオンライン版)に掲載されます。

1. 背景
(1) タンパク質アクチンの重要性
 アクチンは、真核細胞に多量に含まれているタンパク質の1つです。1942年、ハンガリーの生化学者FB.シトラウプ(FB.Strub)が筋肉組織から発見しました。発見後間もなく、アクチン溶液に塩を添加すると、アクチンが重合してらせん状の安定な長い繊維状の組織(フィラメント)を形成することや、アクチンには生体のエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)が結合していること、さらに、そのATPは、重合に際して分解されることが明らかにされました。
 1950~60年代、大澤らのグループは、熱力学の観点から実験を行い、アクチンが、1個1個バラバラの単量体状態(G-アクチン)と、それが数珠状につながったフィラメント状態(F-アクチン)とを絶えず行き来し、この重合反応が“水が氷になる”というような相変化であることを示しました(図1)。ちょうどそのころ、アクチンが、筋肉以外の細胞にも普遍的に存在することが示されました。1970年代には、F-アクチンの一端で重合、もう一端で脱重合し、長さが変わらずフィラメントが移動する現象(トレッドミリングと呼ばれる)が、抽出されたアクチンで見つかりました。後にこの現象は、抽出・精製された系だけでなく、細胞内でも一般的に見られる過程であることが分かりました。
 現在では、ATP分解を伴ったアクチンの重合・脱重合が、細胞運動、例えば、フィロポディア(糸状仮足※6)やラメラポデリア(葉状仮足※7)の駆動力として認知されており、アクチンモーターと呼ばれています。アクチンは細胞運動だけでなく、細胞の形態維持、細胞内装置の固定、細胞分裂、記憶、転写など色々な場面で働いています。例えば記憶は、神経細胞上のスパインと呼ばれるとげ状の小さな突起が、刺激で活性化されたアクチンによって膨張し、隣の神経細胞と結合をつくることで獲得されます。このようなアクチンを中心としたシステムは、精巧にアクチン結合タンパク質によって制御されています。もしこの制御が壊れて、例えばがん化すると、隣と接着していなければならない細胞が自由に動き出し、転移の原因となります。
 アクチンを中心としたシステムの状態変化が、細胞の基本的な機能や病気と深く関係しており、その機構や制御の解明・応用が現代生物学・医学の潮流の1つになっています。また、アクチンはどの細胞にも存在する、普遍的で保存的なタンパク質分子です。「1タンパク質1機能」と考えられているタンパク質がほとんどですが、アクチンは「1タンパク質多機能」であり、細胞を理解する鍵であると考えられます。
(2) アクチンの構造研究
 アクチンは、発見された直後から構造研究が始まりました。1947年イギリスの物理学者アストベリー(W.T.Astbury)らは、アクチン凝集体を乾かしてX線回折を行い、約3Å(オングストローム)の周期性をもつ反射を確認し、アクチン凝集体が、きちんと並んだ分子の複合体であることを明らかにしました。これからアクチン単量体が重合したF-アクチンの構造解析研究がスタートしました。1963年、イギリスのハンソン(J.Hanson)とローリー(J.Lowy)は、電子顕微鏡を用いて、F-アクチンは数珠状に並んだアクチン単量体からなるひも(ストランド)2本が、お互いに巻きついた構造であることを突き止め、基本的な分子配置を初めて明らかにしました。
 アクチン単量体の結晶構造は、それから27年後の1990年に、ドイツの構造学者ホームズ(K.C.Holmes)のグループが明らかにしました。同時に彼らは、この結晶構造をもとに、F-アクチンのフィラメント構造モデルも提案しました。このF-アクチンの構造モデルは広く受け入れられ、アクチン研究をリードしてきました。しかし、このモデルでは、アクチンの基本的機能に関するいくつかの疑問に答えることができず、より詳細なモデルが望まれていました。例えば、アクチンがATPを加水分解する反応は、重合によって活性化されますが、そのメカニズムがどのようになっているのか? 何がF-アクチンの安定性を決めているのか? 塩を入れるとなぜアクチンは重合するのか?――などです。そこで研究チームは、F-アクチンの新しい構造モデルの構築を目指しました。

2. 研究手法と成果
 F-アクチンの長さは、不均一なため、良質な結晶を作れず、通常用いられるX線結晶構造解析法で解析することができません。そこで研究チームは、F-アクチンが自発的に液晶状に配向する性質を活用し、X線繊維回折法を用いました。この手法を用いると、X線結晶構造解析法と同じように、原子レベルの分解能で構造モデルを構築できますが、F-アクチンの結晶ではなく、F-アクチンが配向した試料が必要になります。そのため研究チームは、F-アクチンを高配向させるために磁場を活用しました。タンパク質は、酸素、炭素、水素、窒素原子で構成された有機物であり、金属のような強磁性体(磁石)ではありません。しかし、タンパク質は、磁場を感じる電子を含んでおり、F-アクチンの場合、磁場の向きに電子が沿う性質を持っています。研究チームは、磁石の強さが18テスラの超伝導電磁石(図2)を活用し、F-アクチンを奇麗に配向させることに成功しました。
 F-アクチン試料の配向は、磁場から出すと徐々に悪くなりますが、SPring-8は、その強力なX線の活用により、配向が悪くなる前に測定を完了できます。また、X線の平行性も高いので、X線回折点の広がりも狭く、くっきり、はっきりとしたパターンを撮ることができます。さらに、SPring-8のビームラインの測定はバックグランド・ノイズも少なく、理想的なX線回折パターンを得ることができます。
 得たX線回折パターンからF-アクチンの立体構造を抽出しますが、それにはいくつかの方法が考えられます。研究チームは、もとになるG-アクチンの立体構造を活用し、この立体構造を変形したモデルを作成して、実験から得られたX線回折パターンと比較する方法を用いました。具体的には、アクチン分子が変形しやすい方向を計算し、その方向に変形させた結果得られるX線回折パターンのシミュレーションと、実験のX線回折パターンを徐々に合わせる操作を繰り返し行い、フィラメント内のアクチン分子の構造を探索しました。その結果、モデリングに使用したアクチンの立体構造によらずに、実験のパターンをよりよく説明できるモデルを構築するこができました。さらに、分子動力学的手法などを用いたモデルの精密化も行いました。この構造モデルはSPring-8キャンパスにある低温電子顕微鏡を使用して独立に得たF-アクチンの再構成像と一致していました。

 アクチン分子は、2個の大きなドメインに囲まれたATPを結合する溝(クレフト)を持っています(図3)。通常のG-アクチンの結晶構造(図4左)ではこのクレフトは閉じており、さらに、2個の大きなドメインはお互いにねじれています。今回得た構造モデル(図4右)では、F-アクチン分子もクレフトは閉じていますが、2個の大きなドメイン間のねじれは解消し、平板な構造となっていました。
 この構造解析から、アクチンの重合に伴う構造変化は、2つの大きなドメインが相対的に回転する単純な変化であることが分かりました。詳細に構造を検討したところ、このアクチン分子の平板化は、フィラメント形成に必須であることが推察できます。また、平板化の回転軸にあたる部分には、ATPの加水分解に必須なアミノ酸があり、この平板化とATP加水分解反応の活性化は密接に関係していると思われます。ATPのエネルギーを利用して駆動力を発生するアクチンモーターのメカニズムが明らかになると期待されます。

3. 今後の期待
 今回のF-アクチンの構造は、謎であったアクチンに関する基本的疑問の解明に手がかりを与えるだけでなく、アクチン結合タンパク質との詳細な相互作用を議論するための基盤を与えるものです。例えば、ミオシン※8とアクチンとの相互作用で収縮する骨格筋では、ミオシンの結晶構造は複数判明していましたが、F-アクチンの構造が詳細に分かっていなかったため、筋収縮メカニズムは原子レベルで理解されていません。同様に、アクチンを中心としたシステム(アクチン細胞骨格)を制御する、複数のアクチン結合タンパク質(フォルミン、ゲルゾリン、コフィリンなど)の結晶構造はすでに解明されていますが、それらがどの様にF-アクチンと相互作用をするのか理解されていません。F-アクチンの詳細構造モデルにより、これらの現象を原子レベルで解明することができ、筋肉や細胞運動の研究が飛躍的に加速されると期待できます。また、アクチン細胞骨格を制御するタンパク質の異常により起こる疾病(例えば、ウィスコット・アルドリッチ症候群※9)の理解などに役立つと期待できます。

<補足説明> ※1 アクチン
真核細胞に最も多量に含まれるタンパク質で、進化的に離れた酵母とヒトのアクチンを比較するとアミノ酸の一致度は80%程度とアミノ酸配列の保存性が高い。分子量は42KDa(キロダルトン)でヌクレオチド1個と2価イオン1個を結合している。アクチンは普遍的で保存性の高いタンパク質であり、遺伝から細胞運動まで広範囲な細胞機能を担っている。

※2 アクチンフィラメント
アクチンは単量体の状態とそれが数珠状に結合したフィラメントの状態の2状態をとる。このフィラメントはらせん構造をしており、13個分子で6回巻きほぼ同じ配置に戻る。分子間の間隔は27.5Å程度である。筋肉では、このアクチンフィラメントにトロポミオシンとトロポニンが結合した安定なフィラメントがミオシンと相互作用して、すべり運動や力を発生する。このアクチンフィラメントがアクフィブな状態である。一方、トレッドミリングを駆動力とする細胞運動では状態転移自体に機能的意味がある。

※3 大型放射光施設SPring-8(スプリングエイト)
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の大型放射光施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、細く強力な電磁波のことである。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。SPring-8は日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間1万4,000人以上の研究者が利用している。

※4 X線繊維回折法
液晶状にフィラメントが配向したゾルを調製し、そのゾルにX線を当てその回折パターンを記録して、フィラメント構造を明らかにする手法。回折パターンとして線状の構造が観察される。この回折パターンから構造を得る方法は、大きく分けて2つある。1)結晶構造解析法と同様に、電子密度図を作成してから構造モデルの構築を行う方法、2)知られている構造情報を用いて初期モデルを作成し、モデルから計算されるパターンと実験から得られたパターンを比較して、モデルを逐次的に改造していく方法―である。この手法の代表例としてタバコモザイクウイルスの構造解析が知られている。

※5 低温電子顕微鏡
電子線を用いて、液体ヘリウムあるいは液体窒素温度に冷却した試料を観察する方法。低温では電子線損傷を低く抑えることができるため、生体試料を用いる場合に有用である。以前から使われていた、試料をウランのような重原子で染めて観察する方法より、ありのままのタンパク質を観察できる利点があるが、コントラストが低い欠点がある。解析法には、らせん再構成法、単粒子解析法、2次元結晶法、トモグラフィ法がある。

※6 フィロポディア(糸状仮足)
糸状仮足とは、浮遊性細胞の運動様式の1つで、アクチンフィラメントの平行な束と、さまざまなアクチン結合タンパク質とからできた構造、生体膜から突き出した仮足を形成する。細胞間のシグナル伝達、化学誘因物質への誘導、創傷治癒などの接着において重要な役割を果たす。

※7 ラメラポデリア(葉状仮足)
葉状仮足とは、浮遊性細胞の運動様式の1つで、アクチンフィラメントがアクチン結合タンパク質により枝分かれし、盤状に生体膜から突き出した仮足を用いて運動する。がん細胞の浸潤や神経細胞の成長円錐で観察される。

※8 ミオシン
ミオシンはアクチンフィラメントと相互作用し、ATPを加水分解しながらフィラメントに沿って移動するモータータンパク質である。このアクチンとミオシンの相互作用で筋肉は収縮する。筋肉以外の細胞からも発見されている。

※9 ウィスコット・アルドリッチ症候群
X連鎖劣性遺伝形式をとる免疫不全の病気で、原発性免疫不全症候群として分類される。主な症状としては血小板減少、易感染性、難治性湿疹が有り、悪性腫瘍を併発することもある。
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2009/090122/index.html

細胞周期のS/G2/M期特異的に細胞のシルエットを描出することに成功 (細胞の増殖と形を可視化する技術)(2009/1/10)
2008年12月20日

 JST基礎研究事業の一環として、理化学研究所 脳科学総合研究センターの宮脇 敦史 チームリーダーらは、細胞周期のS/G2/M期にだけ細胞のシルエットを描出することができる蛍光イメージング技術を開発しました。これは、本研究チームが以前に開発した細胞周期の蛍光プローブ(Fucci)を改変したことによる成果です。
 Fucci(Fluorescent, ubiquitination-based cell cycle indicator)注1)は、2つのたんぱく質(Cdt1とGeminin)注2)が細胞周期に依存して交互にユビキチン修飾注3)を受け分解されることを利用した蛍光プローブです。このFucci蛍光シグナルは核に存在するため、細胞個々の細胞周期進行を追跡するのに都合がよいという利点があります。ところが、核の大きさや形はすべての細胞でほぼ同じなため、Fucciのシグナルだけではその細胞の種類や分化状態に関する情報を得ることができないという欠点があります。そこで、Fucciのシグナルを細胞全体に分布させることにより、細胞周期進行に応じたシグナルで細胞全体のシルエットを浮かび上がらせることを試みました。
 そして、G1期(分裂後からDNA複製前)にだけにユビキチン化されるGemininの細胞質への拡散の効率を高めることによって、S/G2/M期(DNA複製から分裂期)特異的に細胞全体を蛍光でラベルするFucciプローブを開発しました。さらに、シグナルの局在部位のみならず、シグナルの波長(色)についても多様化を図りました。このような新しいFucciプローブを活用して、胎生期の神経上皮における神経前駆細胞が、DNA複製と連関して形状を変えながら移動する様子を観察することに成功しました。細胞の種類や分化状態によって異なる形状を呈するさまざまな細胞から成るサンプルの場合でも、細胞増殖に関連する多くの現象を可視化できる可能性が膨らみつつあります。
 本研究は、戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「宮脇生命時空間情報プロジェクト」の阪上(旧姓・沢野) 朝子 研究員が、理化学研究所 脳科学総合研究センターの細胞機能探索技術開発チーム、小川研究ユニット、リサーチリソースセンターの協力を得て行いました。
 本研究成果は、2008年12月19日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Chemistry & Biology」のオンライン速報版で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20081220/index.html

DNAの3次元構造が生物進化に影響する (超高速シークエンサーとバイオインフォマティクスによる科学的発見)(2009/1/10)
2008年12月12日

 JST バイオインフォマティクス推進事業の一環として、東京大学 大学院新領域創成科学研究科の森下 真一 教授は、スタンフォード大学のアンドリュー・ファイヤー教授らとの共同研究で、DNAの3次元構造(ヌクレオソーム構造)注1)がDNAの変異に相関するという性質を、メダカのDNA全体の情報を分析することによって明らかにしました。これはDNA進化の新たな原理を示す基本的な成果です。
 本研究の対象となったメダカは、日本の研究者により2007年にDNA塩基配列が解読され、南日本由来系統と北日本由来系統の2系統のDNA塩基配列の間には1塩基多型(SNP)注2)と呼ばれるDNA変異がDNA配列全体の3.4%を占める約1600万個も存在することが分かりました。
 今回の研究では、超高速DNA解読装置注3)を活用し、メダカのヌクレオソーム構造をDNA全体にわたって網羅的に分析しました。その結果、遺伝子の転写注4)開始点の下流におけるヌクレオソーム構造がDNA変異の周期性を引き起こす要因となっていることを突き止めました。DNAの高次構造や遺伝子の転写メカニズムは多くの生物種にわたって共通する基本的なものであることから、本研究は生命の遺伝的多様性が生まれる過程の一端を明らかにしたものと言えます。
 超高速DNA解読装置が急速に普及する中で、本研究で開発した大量のデータを解析するためのクラスター型並列計算機上で動作する新たなソフトウエア群は、今後も利用され、新たな生物学的発見へ寄与するものと期待されます。
 本研究成果は、JST バイオインフォマティクス推進事業、文部科学省 特定領域研究 ゲノム4領域、米国国立衛生研究所(NIH)の研究助成によって得られたもので、2008年12月11日(米国東部時間)に米国科学誌「Science」のオンライン速報版で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20081212/index.html

生きたがん細胞だけを光らせる"スマート検査分子"の開発 (超微少がんの診断、外科手術時に威力を発揮)(2009/1/10)
2008年12月8日

 JST基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院薬学系研究科の浦野 泰照 准教授らは、内視鏡検査・手術や外科手術時にがん細胞だけを選択的に光らせ、併せて治療効果もリアルタイムでモニターすることが可能な「スマート検査分子」の開発に世界に先駆けて成功しました。
 近年、PETやMRIなどの手法を活用した全身スキャンのがん診断が広まりつつあります。これらの手法によって検出できるがんのサイズはcmオーダーですが、がんの内視鏡検査・手術、開腹などの外科手術時においては、mmオーダーかそれ以下の小さながん細胞を明確に検出する必要があります。従来これを実現する確実な手法はなく、新しい技術の開発が待ち望まれていました。
 本研究グループは、がん細胞に取り込まれたことを検知して初めて光り出す小さな有機プローブ分子を開発しました。これとがん細胞に特異的に取り込まれる抗体を組み合わせ、がん細胞のみを光らせ、これを検出する技術を開発しました。実際、本技術を微小がんを持つモデルマウスへ適用し、蛍光内視鏡を使って生きている状態でリアルタイムに微小がんを検出し、鉗子で除去するという疑似手術に成功しました。開発したプローブはがん細胞が生きているかどうかを見分けることも可能なので、治療効果をリアルタイムで確認しながら手術を行うことも初めて可能になりました。
 本成果は、術者が外科手術の際に的確に治療すべきがん部位を把握し、治療効果を確認しながら手術を継続できるもので、今後のがん診断・治療に画期的な進展をもたらすものと思われます。特に近年発展の著しい内視鏡技術と組み合わせることで、消化管や腹腔などからアクセスできる臓器がんをほぼすべてカバーできるため、本技術を活用することで、患者に対する負荷を最小限にとどめ、最大限の効率でがん治療を実現することが期待されます。
 本研究成果は、米国NIHの小林 久隆 主任研究員との共同実験で得られたもので、2008年12月7日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Medicine」のオンライン版で公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/info/info592/index.html

肺がん発症マウス作製と、そのがん壊死に成功 (肺がん特効薬の実用化は近い)(2009/1/10)
2008年11月25日

 JST基礎研究事業の一環として、自治医科大学の間野 博行 教授らは、肺がん発症マウス作りに成功し、その腫瘍が特異的分子標的治療により消失することを確認しました。
 肺がんは最も死亡者数の多いがんであり、有効な治療法開発が待たれています。間野教授らは昨年、肺腺がんの臨床検体から新たな肺がんの原因遺伝子EML4-ALK注1)を発見しました(Nature 448:561-566)。肺がん細胞内においてALK遺伝子はEML4遺伝子と融合して活性型チロシンキナーゼ注2)EML4-ALKを産生しますが、EML4-ALKのがん化能は酵素活性依存性であることから、その酵素の特異的阻害剤がEML4-ALK陽性肺がんの新たな治療法になると期待されていました。
 本研究グループは、まずEML4-ALKが真に肺がんの原因であることを確認する目的で、同遺伝子が肺胞上皮特異的に発現するトランスジェニックマウス注3)を作製しました。その結果、EML4-ALK発現マウスは生後わずか数週間で両肺に数百個の肺腺がんを多発発症したことから、EML4-ALK陽性肺がんにおいては同遺伝子が発がんの主たる原因であることが証明されました。さらにALK酵素阻害剤を同マウスに1日1度経口投与したところ、1ヵ月の治療で肺内のがん腫瘤が速やかに壊死・消失しました。
 今回の結果から、これまで全く治療法のなかった肺がんの一部には、ALK酵素阻害剤が特効薬ともいうべき有効な分子標的治療法になることが確認されました。
 本研究は、自治医科大学 呼吸器内科学講座と癌研有明病院 病理部の協力を得て行いました。
 本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2008年11月24日の週(米国東部時間)に公開されます。
http://www.jst.go.jp/pr/info/info588/index.html

右脳と左脳の構造の違いを発見 -記憶をつかさどる海馬に違い-(2009/1/10)
2008年11月18日

 ヒトの右脳と左脳の機能的な違いについては、例えば言葉は左脳優位、空間認知は右脳優位、と知られています。しかし、神経のつながり方が右脳と左脳でどのように違うのか、を明らかにした研究はありませんでした。今回、JST基礎研究事業の一環として、自然科学研究機構 生理学研究所の篠原 良章 研究員(現・理化学研究所)は、重本 隆一 教授のもと、記憶形成をつかさどる部位(海馬注1))では神経のシナプス注2)(神経と神経のつなぎ目)の形や大きさが右脳と左脳で異なることを明らかにしました。この成果は、右脳と左脳の働きの違いのメカニズム解明につながると期待できます。本研究は、理化学研究所との共同研究による成果で、11月17日(米国東部時間)の週に「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」(電子版)に掲載されます。
 研究チームはこれまで、シナプスにあるグルタミン酸受容体注3)(神経の間の信号の受け手のたんぱく質)の量の左右差について研究してきました。今回、新しく、左脳と右脳の海馬でシナプスの形や大きさが違うことを初めて見いだしました。また、シナプスの形や大きさによって、グルタミン酸受容体の量と種類にも違いがあることが分かりました。こうしたグルタミン酸受容体の量と種類は、記憶を形成する上で非常に重要な役割を担っていると考えられています。「右脳と左脳のシナプスは同じ」という説もありますが、そうではないことが分かりました。
 重本教授は、「記憶の原理として注目される“長期増強(LTP)注4)”という現象は、シナプスのグルタミン酸受容体の量と種類に影響されるので、左脳より右脳で起こりやすいのかもしれません。この研究を足がかりにすれば、右脳と左脳の機能が実際に違う理由を科学的に説明できるようになるのではないか」と話しています。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20081118/index.html

診断と予防で糖尿病患者のQOL向上に貢献するベンチャー企業設立 (JST大学発ベンチャー創出推進の研究開発成果を事業展開)(2009/1/10)
2008年11月17日

 JST(理事長 北澤 宏一)は、産学連携事業の一環として、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業のための研究開発を推進しています。
 平成17年度に開始した研究開発課題「DNAアプタマーおよび機能性樹脂を用いる糖尿病血管合併症診断キットおよび治療薬開発ベンチャーの創出」では、糖尿病血管合併症注1)早期発見のための診断キットの開発に成功しました。また、この成果をもとに平成20年10月10日、メンバーらが出資して「株式会社 いぶき」を設立しました。
 終末糖化産物(AGEs) 注2)は、糖尿病の発症や進展に深く関わっていることが分かっていましたが認識・検出が難しいため、診断などに用いられてきませんでした。
 本研究開発では、糖尿病血管合併症早期発見のために、AGEsを抗体ではなくDNAアプタマー注3)を用いて認識させることで、糖尿病の初期段階から診断を容易に行うことに成功し、診断キットを開発しました。また、AGEs研究を発展させるために、組織染色キットも開発しました。これにより、これまで分からなかった糖尿病血管合併症が起こる仕組みの研究が進むものと期待されます。
 さらに、これらキットを使って、身体の中でAGEsを作らせない物質(AGEs生成阻害物質)や、すでにできてしまったAGEsに結合して分解を速める物質(AGEs結合物質)を天然素材より抽出しました。これらの一部は現在、機能性食品として販売されており、今後、化粧品や化成品などへの利用が検討されています。
 今回の「株式会社 いぶき」設立により、プレベンチャー企業および大学発ベンチャー創出推進によって設立したベンチャー企業数は、85社となりました。
http://www.jst.go.jp/pr/info/info587/index.html

「黒鉛超伝導体」40年来の難問解決 鉛筆の芯が超伝導になる(2008/11/10)
<概要>
 東北大学 大学院理学研究科の佐藤 宇史 助教と同大学 原子分子材料科学高等研究機構の高橋 隆 教授らの研究グループは、40年来未解決であった「黒鉛超伝導体」のメカニズムを解明することに成功しました。
 本研究成果は、平成20年11月9日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Physics(ネイチャーフィジックス)」のオンライン速報版で公開されます。

<背景>
 鉛筆の芯に使われている黒鉛(グラファイト)は、炭素原子が蜂の巣状のネットワークを形成した層状の結晶構造(図1(a))を持っており、鉛筆でなめらかに字が書けるのは、このグラファイト層の間がすべりやすく、はがれやすいためです。黒鉛自体は電気をわずかに流す半金属として知られていますが、グラファイト層の間にカリウム(K)原子を入れると、低温で電気抵抗がゼロとなる超伝導を示すことが40年前に発見されました。私たちの身の回りどこにでもある黒鉛が超伝導になるということで大きな注目を集め、その超伝導メカニズムを解明して、さらに高い超伝導温度を達成しようという研究が世界中で精力的に行われました。とりわけ、日米仏の研究者の間では相反する超伝導モデルが提案され、激しい議論が展開されましたが、そのメカニズムは依然不明のままでした。ところが2005年に、これまで絶対温度で高々2K程度であった超伝導転移温度(Tc)が、牛乳や骨に含まれているカルシウム(Ca)をグラファイト層間に入れると、一気に11.5Kまで急上昇することが報告されました(図1(b))。この発見により、「黒鉛超伝導体では高いTcは実現できない」というそれまでの常識が覆され、現在、基礎科学の立場からも、今後より高いTcを持つ物質を開発する産業応用の立場からも、この黒鉛超伝導体の超伝導メカニズムの解明が急がれています。

<研究の内容>
 本研究グループは今回、光電子分光(図2)と呼ばれる実験手法を用いて、カルシウムを入れた黒鉛超伝導体(C6Ca)中の超伝導電子の観測を試みました。光電子分光とは、物質に紫外線を照射して、外部光電効果注1)により物質外に放出される電子のエネルギーを精密に測定することで、物質内にある電子の状態を観測できる実験法です。本研究グループは、世界最高のエネルギー分解能を持つ装置を用いて、黒鉛超伝導体の超伝導電子の直接観測に今回初めて成功しました。その結果、超伝導を担う電子は、グラファイト単独層に存在するパイ電子( 電子)注2)やシグマ電子( 電子)注3)ではなく、グラファイト層が重なり合うことで層の間に新たに形成される「層間電子状態」に存在する電子であることが明らかになりました(図1(c))。また、層間に挿入されたカルシウム原子は、この層間電子状態に電子を与えると同時に、層間電子が超伝導になることを助ける働きもしていることも判明しました。この層間電子は、30年以上も前に日本の研究者により予言されながら実験的に観測できず、長い間その存在と超伝導への関与について謎のままであったものです。今回の成果は、この層間電子の存在を確認すると同時に、その超伝導への寄与を明らかにしたもので、黒鉛超伝導の長年の難問を解決したものと言えます。

<今後の展望>
 今回の研究結果に基づいて、カルシウムなどの挿入原子と炭素原子がどのように協力して高いTcを実現しているのかの研究が急速に進むものと期待されます。その結果、カルシウム以外の原子や分子を入れたり、グラファイトの炭素を他の元素で置換したりすることで、さらに高いTcを持つ超伝導体が見いだされることが期待されます。また、今回の成果をもたらした光電子分光装置の高分解能化をさらに進めることで、超伝導を引き起こしている層間電子の性質がより明らかになり、高温超伝導体などの黒鉛以外の層状超伝導体の超伝導機構の解明と、そのTc上昇に貢献するものと期待されます。

 本成果は、文部科学省・日本学術振興会科学研究費およびJST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」研究領域(研究総括:田中 通義 東北大学 名誉教授)の研究課題「バルク敏感スピン分解超高分解能光電子分光装置の開発」(研究代表者:高橋 隆)によって得られました。

<用語解説>
注1)外部光電効果
 物質に紫外線やX線を入射すると電子が物質の表面から放出される現象です。物質外に放出された電子は光電子とも呼ばれます。この現象は、1905年に、アインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。アインシュタインは、この業績でノーベル賞を受賞しています。

注2)パイ電子(電子)
 グラファイト単独層の電子状態を構成している2種類の電子状態の1つ(もう1つはシグマ電子)で、グラファイト層平面に対して垂直に伸びた電子分布を持っています(図1(c)参照)。半金属であるグラファイトの電気伝導は、このパイ電子によって担われます。

注3)シグマ電子( 電子)
 グラファイト層内の炭素と炭素の結合方向に伸びた電子分布を持ちます(図1(c)参照)。

細胞膜の「輸送体」が物質を輸送する巧妙な仕組みを解明(2008/10/17)
 JST基礎研究事業の一環として、京都大学 大学院医学研究科の岩田 想 教授は、独立行政法人 理化学研究所、インペリアル大学、リーズ大学との共同研究で、細胞の物質輸送に関わるヒダントイン輸送体(Mhp1)について、X線結晶構造解析(注1)に成功しました。さらにガラクトース輸送体の構造と比較することによって、細胞の物質輸送を担う輸送体一般に共通な輸送機構の分子メカニズムの一端を解明しました。
 生物を構成する細胞は細胞膜によって内と外に隔てられ、生命の維持のために細胞膜を介して様々な物質のやりとりをしています。細胞膜には輸送体と呼ばれる多種の膜たんぱく質が存在し物質の輸送を担っています。輸送機構としては、輸送路に入った物質を輸送体の中央付近にあたる部位に結合し、その部位の両端にあるゲートを交互に開閉して輸送を行うという「アルタネイティングアクセスモデル」が提唱されています。しかしながら、その分子メカニズムについてはあまり理解が進んでいませんでした。
 本研究で用いたMhp1は、ミクロバクテリウム(Microbacterium liquefaciens)という細菌から分離されたもので、核酸塩基-陽イオン共輸送体ファミリーに属します。この輸送体はアミノ酸の前駆体(注2)を輸送する役割を担っていると考えられています。本研究では、細胞外からの輸送物を待ち受ける状態の構造と、取り込んだ輸送物を輸送体の中央付近に結合した状態の構造を明らかにしました。Mhp1の構造は、ヒトの神経伝達物質(注3)輸送体、および小腸において糖の取り込みを行うナトリウム依存性グルコース輸送体と類似の構造をとっていることがわかりました。2つのヒトの輸送体の構造はやはり細菌由来の類似輸送体であるロイシン輸送体およびガラクトース輸送体の構造から推定されています。ガラクトース輸送体では、輸送体の中央付近から細胞内に面した輸送路へ輸送物を送り出す直前の状態の構造が報告されています。これらの構造を比較検討することで、輸送体における「アルタネイティングアクセスモデル」の分子メカニズムの一端が明らかになりました。
 本研究成果は、ヒトにも普遍的に存在する輸送体に共通な輸送機構の分子メカニズムについて、その一端を解明した極めて重要な成果で、ひいては輸送機構の異常がもたらす病態の解明や、それに基づく診断・創薬・治療に役立つものと期待されます。

<研究の背景と経緯>
 細胞は生命の維持のため、外界と細胞内との間で物質の輸送を行っており、細胞膜に存在する輸送体等がその輸送に大きく関与しています。輸送体はエネルギーを必要とする能動輸送体と、エネルギーを必要としない受動輸送体に分けられます。能動輸送体には、光などのエネルギーを用いて物質を輸送する一次性能動輸送体や、一次性能動輸送により蓄積されたエネルギーを用いて物質を輸送する二次性能動輸送体があります。二次性能動輸送体は、共役するイオンと物質の輸送の方向に基づいて共輸送体や逆輸送体等に分類されています。
 これらの各種輸送体に共通な輸送機構として、「アルタネイティングアクセスモデル」が提唱されています。このモデルでは、輸送体の中心に輸送物(基質)の結合する位置があり、細胞外と細胞内をつなぐ輸送路の両側にゲートが存在します。2つのゲートが交互に開閉することにより、基質の輸送を行うと考えられています。輸送体は細胞において普遍的に存在する極めて重要な膜たんぱく質であり、輸送体の立体構造の解析、およびその結果に基づいた分子レベルでの輸送機構の解明が期待されています。一部の一次性能動輸送体では、様々な構造解析の結果に基づいて輸送機構の研究が進んでいます。一方、二次性能動輸送体では、ラクトース透過酵素(注4)やその類縁体で生化学的・構造生物学的な研究が行われていますが、分子メカニズムに関する理解は進んでいません。輸送体はその他の膜たんぱく質と同様に疎水性の高い脂質二重膜に埋もれているので疎水性に富んでおり、そのために結晶化が難しく、立体構造の解明を阻んでいることがその理由にあげられます。
 本研究で用いたヒダントイン輸送体(Mhp1)は、ミクロバクテリウム(Microbacterium liquefaciens)という細菌から分離され、アミノ酸の前駆体であるベンジルヒダントイン等の取り込みを媒介すると考えられています。Mhp1は、核酸塩基やその関連化合物の再生経路に必須である、核酸塩基-陽イオン共輸送体ファミリー(NCS1ファミリー)に属し、細菌、古細菌、真菌や植物に広く分布しています。本研究では、二次性能動輸送体の分子メカニズムを解明するために、この輸送体の構造解析に取り組みました。その構造を解いてみると、Mhpは神経伝達物質ナトリウム共輸送体ファミリー(NSSファミリー)のロイシン輸送体(LeuTAa)や溶質ナトリウム共輸送体ファミリー(SSSファミリー)に属するガラクトース輸送体(vSGLT)と類似の構造であることが明らかになり、輸送体一般に共通な輸送機構の分子メカニズムの一端を解明することが可能となりました。

<研究の内容>
1.構造決定
 基質の結合していないMhp1は、2.85オングストロームの解像度で構造解析されました。基質であるベンジルヒダントインと結合したMhp1の構造は、4オングストロームの解像度でしたが、明瞭に基質の結合の位置やその近傍の構造変化を観察することができました。

2.基質の結合していない構造
 輸送体は12本の膜貫通へリックス(らせん構造をとったペプチド鎖)で外向きキャビティー(空洞)を有していました(図1)。N末端の5本のヘリックス(TM1~5)と次の5本のヘリックス(TM6~10)の2つの領域が対向する形をとっていました。2つの繰り返し領域は絡み合っており、4本のヘリックス(TM1、TM2、TM6、TM7)が束となって中心となる核を形成し、その周囲を残りの6本のヘリックスから成る層が囲んでいました(図1A~C)。図1B、1Cでは、推定された基質が結合する位置を示すために、外向きキャビティーの底にベンジルヒダントインを示してあります。2本のヘリックス(TM11、TM12)およびC末端部分の機能は不明です。Mhp1の特徴的な対向する2つの領域は、1次配列上の類似性が低いLeuTAaやvSGLTの構造と類似していました(図2)。

3.基質の結合した構造
 Mhp1と基質との複合体の構造では、LeuTAaにおけるロイシンの結合部位やvSGLTにおけるガラクトースの結合部位の近傍に相当する位置に、ベンジルヒダントインが確認されました(図2)。外向きキャビティーは、ヘリックスTM10が途中から折れ曲がることにより、外側のゲートが閉じた構造となっていました。これは、基質が細胞外に戻らないように、また不用な物質が細胞内に入らないようにする仕組みと考えられます。

4.陽イオンの結合部位
 基質の結合していない構造では、基質結合部位の近傍でヘリックスTM1が折れ曲がった部分に、ナトリウムの結合している陽イオン結合部位が見いだされました。興味深いことに、陽イオン結合部位には酸性残基は存在せず、ヘリックスの双極子モーメント(注5)の効果によって、この結合部位が形成されていると考えられます。

5.基質の輸送機構
 「アルタネイティングアクセスモデル」には、図3に示したように、4つの主な状態が存在します。(1)基質を待ち受ける「外向きで開いた状態」、(2)基質を取り込んで「外向きで閉じた状態」、(3)基質を放出する前の「内向きで閉じた状態」、(4)基質を放出した「内向きで開いた状態」です。(1)はMhp1の基質の結合していない構造に、(2)はMhp1の基質の結合した構造に、(3)はvSGLTで報告された構造に対応しています。本研究とvSGLTの構造と比較することにより、膜の外側からの取り込み、膜の外側から内側への運搬の様子が明らかになりました。図3に模式化したように、細胞外側や内側に面した輸送路、基質結合サイトの両端のゲートの開閉は、ヘリックスの動きに制御され、大きな構造変化を伴った巧妙な仕組みで物質が運搬されます。

<今後の展開>
 近年の輸送体のX線結晶構造解析の結果は、輸送機構の分子メカニズムの解明に画期的な進歩をもたらしました。本研究で得られた構造に加え、さらにMhp1の「内向きで閉じた状態」と「内向きで開いた状態」の構造の解析などを通じて、より詳細な輸送体の分子メカニズムを解明したいと考えています。また、その他の多くの輸送体の構造解析を実施し、輸送体が関わる生理機能、役割、またその異常による病態の解明に寄与することを目指します。

<用語解説>
注1)X線結晶構造解析
 X線の回折の結果を解析して、結晶内部で原意がどのように配列しているかを決定する手法。良質の結晶を得ることが重要である。

注2)前駆体
 ある化学物質(例えばアミノ酸)について、その物質が生成する前の段階の物質。

注3)神経伝達物質
 神経伝達においてシナプスでシグナル伝達に介在する物質。

注4)ラクトース透過酵素
 ラクトース(乳糖)分解系に関与する酵素の1つで、ラクトースの細胞膜の透過を担う酵素。ヒトの糖尿病に関係するグルコース輸送体の類似するたんぱく質である。

注5)双極子モーメント
 一対の正負の同じ大きさの電荷等が存在する時、負の電荷等から正の電荷等への方向ベクトルのことをさす。

<掲載論文名>
 "Structure and molecular mechanism of a nucleobase-cation-symport-1 family transporter"
 (核酸塩基-陽イオン-共輸送-1ファミリー輸送体の構造と分子メカニズム)

透明な絶縁体を電界効果で超伝導に 新しい超伝導材料開発へ道(2008/10/13)
 JST基礎研究事業の一環として、東北大学原子分子材料科学高等研究機構の川崎雅司教授と同大学金属材料研究所の岩佐義宏教授は、材料の電気の流れやすさを電圧によって制御することで、電気が全く流れない物質を超伝導物質に変換することに世界で初めて成功しました。

 高温超伝導体など多くの超伝導材料は、絶縁体にさまざまな元素を化学的に混ぜ合わせて電気を流れやすくする手法で作られています。本研究では、従来とは全く異なる電気的な手法(電界効果)で、絶縁体を超伝導体に変えることに成功しました。

 電気の流れやすさは、自由に動ける電子が材料にどれだけ含まれているかによって決まります。絶縁体中の自由電子の濃度を化学的な手法でゼロから次第に増やして行くと、電気をよく流す金属状態へ、さらには極低温では超伝導状態へと変化していく材料がいくつか知られています。1986年に発見された銅酸化物系での高温超伝導物質以来、新超伝導体の探索には、添加物を化学的に加えて自由電子を作り出す手法が主に用いられてきました。

 一方、トランジスタでは、電気的な手法によって半導体の電気の流れやすさを制御しています(電界効果)。本研究では、プラスチックを用いた新しいタイプのトランジスタを形成し、全く電気の流れない物質を金属状態から超伝導へと転移するのに必要な大量の自由電子を誘起しました。超伝導化したのは、チタン酸ストロンチウムという無色透明の酸化物単結晶であり、人工宝石の一種です。本研究成果は、電界効果という手法が電気の流れやすさを制御するのみならず超伝導状態を実現するためにも有効であることを明示しており、将来はこの手法を用いて高い温度で超伝導を示す新材料を発見できると期待されます。

 本研究成果は、英国学術誌「Nature Materials」のオンライン版で2008年10月12日午後6時(英国時間)に公開されます。

内壁が疎水性(さらさら)で、大きさを変えたナノ細孔物質をデザイン - サイズや極性の違うガス分子の分離が可能に -(2008/9/24)
◇ポイント◇ 
●0.3ナノメートルと0.8ナノメートルの細孔によってガスを吸着・分離
●ナノ孔物質の構造解析とガス分子吸着の動きの観察に成功
●二酸化炭素とメタン、水とメタノールなど、似た分子の高精度な吸着・分離が可能に

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(JST、北澤宏一理事長)の研究グループは、国立大学法人京都大学、イタリアミラノ大学と協力し、手軽に手に入る硝酸アルミニウムなどを原料にして、ナノ(※1)サイズの細孔を持つ「アルミニウム多孔性金属錯体Al(OH)(NDC)」という新物質(ナノ孔物質)の合成に成功しました。さらに、地球温暖化で問題となっている二酸化炭素、窒素、キセノンなどのさまざまなガス分子の貯蔵・分離能のメカニズムの解析にも成功しました。
 理研放射光科学総合研究センター空間秩序研究チームの北川進チームリーダー(JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「北川統合細孔プロジェクト」研究総括、京都大学物質-細胞統合システム拠点副拠点長兼任)、堀毛悟史博士(京都大学大学院工学研究科、現米国UCバークレー博士研究員)、松田亮太郎グループリーダー(JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「北川統合細孔プロジェクト」)らの研究グループが、ナノ孔物質の合成を行い、理研放射光科学総合研究センター量子秩序研究グループの高田昌樹グループディレクターを中心とするグループが、大型放射光施設SPring-8(※2)の高輝度放射光を用いて材料の結晶構造を明らかにし、ミラノ大学のアンジェリーナ・コモッティ(Angiolina Comotti)博士らのグループが、固体核磁気共鳴(NMR)測定(※3)によりガス分離のメカニズムを分子レベルで解析に成功しました。
 これらの結果、今回作製したナノ孔物質は、温度に依存せず構造が安定で、かつ疎水性を持つという利点を有しており、0.3ナノメートルと0.8ナノメートルの細孔によってガス分子の分離に適していることがわかりました。また、固体NMR測定によりナノ孔物質内でガス分子がゆっくりと動いている様子を明らかにしました。
 今回の結果は、文部科学省科学研究費補助金の特定領域研究「配位空間の化学」、JST戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「北川統合細孔プロジェクト」、理研量子秩序連携研究によるものであり、米国化学会雑誌『Journal of the American Chemical Society』に近日掲載されます。

1.背景

 私たちの身の回りにある窒素や二酸化炭素などの分子は、サイズが小さく、通常ガス状態であるため、それぞれの分子を大きさごとに選択して取り出すことは困難です。これらガス分子を選択的に分離し、貯蔵する技術は、工業利用のみならず、日常生活でもガスボンベなどに使われる非常に重要な技術であり、より高い選択的分子吸着特性を有する材料が求められています。最近、新たな機能性吸着材料として、多孔性金属錯体(※4)と呼ばれるナノメートルサイズの孔を持つ物質群が開発されました。一部の多孔性金属錯体では、すでに広く活用されている活性炭(※5)やゼオライト(※5)を大きく上回る貯蔵・分離能を示すものが見つかっていますが、多くの場合、物質の構造が複雑で、吸着の詳細なメカニズムは明らかではありませんでした。このメカニズムを明らかにすることで、効率的な機能性吸着材料を設計することが可能になると考えられています。

2.研究手法

 今回、研究グループは、高いガス分子の分離能を有する多孔性金属錯体を新たに開発、合成し、最先端の粉末X線回析測定(※6)と固体NMR測定を併用して、分子の吸着および分離のメカニズムを明らかにしました。
 まず、京都大学のグループが、アルミニウムを用いてナノ孔物質の合成を行いました。硝酸アルミニウムとナフタレンジカルボン酸を水中180℃で1日加熱することにより、Al(OH)(NDC)(Al=アルミニウム、OH=水酸化物イオン、NDC=ナフタレンジカルボン酸)の組成を持つアルミニウム多孔性金属錯体の化合物を、均一な白色粉末結晶として得ました(図1)。ナフタレン化合物は疎水的な特性を持つため、このナノ孔物質は選択的に水をはじく特徴を持つことが期待できます。
 次に、貯蔵・分離能を分子レベルで正確に評価するため、ナノ孔物質の分子構造と、実際のガス分子が内部でどのような運動をしているかを調べました。まず、理研のグループが大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光を用いて、材料の結晶構造解析を行いました。SPring-8のビームラインBL02B2において、粉末X線回折測定の手法を用いて結晶を測定し、得られたデータから物質の分子構造を決定しました。続いて、ミラノ大学のアンジェリーナ・コモッティ(Angiolina Comotti)博士らのグループが、このナノ孔物質に吸着したガス分子がどの程度の速度で動いているのか、細孔のどの部分を通過しているのか、といったガス分離のメカニズムを調べるため、高い分解能を持つ固体NMR測定を実施しました。特に、細孔中のガスの挙動を詳細にNMRで測定するため、キセノンガスをヘリウムガスで100倍に希釈し、ナノ孔物質に吸着させながら連続的に直接測定する手法を用いました。

3.研究成果

 今回の研究で3点の成果を得ました。
 その1つめは、硝酸アルミニウムとナフタレンジカルボン酸を180℃の熱水で、1日加熱反応させるだけで、0.3ナノメートルと0.8ナノメートルというサイズの細孔を持つナノ孔物質の合成に成功したという点です。このナノ孔物質は、1ナノメートル以下の大きさである一般的なガス分子の貯蔵・分離に適した、0.3ナノメートルと0.8ナノメートルというサイズの細孔が均一かつ無数に開き、高温(300℃以上)でも安定な特長を持っています。特に、この材料がアルミニウムであるため、安全で、かつ安価であるという工業的な利点があります。
 2つめは、高輝度放射光を用いた粉末X線回折測定によって材料の結晶構造の決定に成功した点です。結晶構造解析の結果、この材料は2種類の異なったサイズの細孔(それぞれ0.8ナノメートルと0.3ナノメートルの直径の1次元細孔)を持つこと、また温度によらず構造が一定であることがわかりました。さらに、ナフタレン部位が細孔を取り囲むため、このナノ孔物質は、疎水的な特徴を持つこともわかりました(図2)。
 3つめは、高分解能な固体NMR測定を用いることで、ナノ孔物質に取り込まれたキセノンガス分子の運動を直接観察することに成功した点です。具体的には、大きさ0.44ナノメートルのキセノンガス分子が、0.8ナノメートルの直径を持つナノ孔物質の中を進む様子を、直接、詳細に観察しました。その結果、大きさ0.44ナノメートルのキセノンガス分子は0.8ナノメートルのサイズの細孔内だけに取り込まれ、強く捕捉されながら、長軸に沿って約100ヘルツというゆっくりとした速度で細孔内外を並行に運動していました(図3)。
 このように、ナノ孔物質は、ガス分子1つがぎりぎり通ることができる程度の細孔を持っており、分子サイズの似ている分子の分離や吸着によく適していることがわかりました。
 さらに、分子サイズが非常に似ている窒素(大きさ0.36ナノメートル)と二酸化炭素(大きさ0.33ナノメートル)でも、サイズの違いに加えて、細孔の壁との静電相互作用の影響もあって、わずかにサイズの小さな二酸化炭素だけを選択的に吸着する特性があることもわかりました(図4)。アセトン(大きさ0.66ナノメートル)やベンゼン(大きさ0.73ナノメートル)などの有機溶媒に対しても、ガス分子の大きさに応じた敏感な選択的吸着特性を示しました。また、細孔内部はナフタレン環によって強い疎水性空間であるため、サイズが小さく、容易に吸着されると思われる水を含めた親水性の分子(大きさ0.28ナノメートル)は、逆に吸着されにくいという化学特性も併せ持つことを明らかにしました。
 これらの分離・吸着機能は、すべてSPring-8によるX線結晶構造解析と固体NMR測定の結果から、分子レベルのメカニズムで説明できました。これら解析手法の併用によって、今後、さまざまな構造を持つナノ孔物質のガス分子の貯蔵・分離能を正確に評価することができると考えています。また同時に、精密なガス分離能を持つナノ孔物質の細孔サイズや、疎水性、親水性といった化学的特性をデザインするための指針を得ることができたといえます。

4.今後の期待

 今回得た設計指針に基づき、今後さらに研究を進めることで、二酸化炭素とメタン、水とメタノールなどのよく似た分子を、これまで以上の高精度で分離できるようになります。本研究で得られた二酸化炭素を選択的に吸着できる物質は、地球温暖化の原因といわれる二酸化炭素を削減し、地球環境の保全に大きな貢献をするものと期待できます。さらに、今回の物質で実現できた疎水性を高める技術を応用して、水蒸気中に含まれる微量の有機有害物質の除去の実現が見込まれます。

<補足説明>
※1 ナノ 
 10億分の1をナノといい、ナノメートルは10億分の1ナノメートル。

※2 大型放射光施設SPring-8 
 理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の大型放射光施設。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、細く強力な電磁波のこと。

※3 固体核磁気共鳴(NMR)測定 
 磁場中におかれた物質内部の原子核が、固有のエネルギーの電磁波を吸収・放出する現象を利用して物質の微細な分子構造を解析する測定手法。

※4 多孔性金属錯体 
 有機化合物が、金属イオンに配位結合した化合物を金属錯体という。金属イオンと多様な有機化合物との組み合わせは無数にあり、さまざまな構造をつくることが可能。この内、多くの微細な孔を持った物質を多孔性金属錯体といい、空孔にさまざまな分子を吸着させることで機能的材料となる。

※5 活性炭/ゼオライト 
 活性炭は吸着性の強い炭素からできている物質。吸着材として防毒マスク、ガスまたは液体の精製、溶液の脱色、触媒などに使われている。ゼオライトはイオン交換性を持つ合成ケイ酸塩で、分子ふるい、触媒などに使われている。

※6 粉末X線回折測定 
 X線を用いた結晶構造解析手法の1つ。粉末(単結晶の集合)の試料に角度を変えながらX線を照射すると、入射角度によって異なる回折強度が得られることから、試料内部の原子配列を調べることができる。

エネルギー恒常性維持にかかわるグルコース応答細胞膜受容体を発見(2008/9/23)
◇ポイント◇
 ショウジョウバエで細胞外グルコースに応答する細胞膜受容体を発見 
 細胞(組織)がエネルギー状態を制御し、恒常性を維持する新しい機構が存在 
 糖尿病、メタボリックシンドロームの発症メカニズム解明へ一歩 

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(JST、北澤宏一理事長)は、細胞外の情報を細胞内に伝える膜タンパク質の7回膜貫通型G-タンパク共役型受容体(GPCR)※1の1つである、BOSS※2細胞膜受容体が細胞外グルコース濃度に応答し、エネルギー恒常性※3制御にかかわることを発見しました。理研脳科学総合研究センター(田中啓治センター長代行)平林研究ユニットの平林義雄ユニットリーダー、香山(古金谷)綾子研究員らと、国立大学法人東京大学薬学部の三浦正幸教授との共同研究による成果です。

 生体の重要なエネルギー源であるグルコースと脂質の代謝の恒常性維持は、成長と生命活動に不可欠です。特に、激しい運動や飢餓時におけるエネルギー産生は、貯蓄した脂質に多く依存しています。生物は、体内に貯蔵しているエネルギー状態を感知し、エネルギー消費とのバランスを保ちながら、エネルギーが枯渇状態に陥らないような機構を備えていると考えられています。しかし、そのようなエネルギー(栄養)センサー※4やエネルギー恒常性を維持する機構の詳細はわかっていませんでした。

 一般に、細胞外の化学的情報を細胞内に伝達する機能を有するタンパク質として知られるGPCRは、ホルモンや神経伝達物質などの細胞外のシグナル物質(リガンド)を細胞膜上で受容し、細胞内にその情報を伝える機能性膜タンパク受容体ファミリーとして知られています。多様なリガンドに対応するため数多くのGPCRが存在し、自然界に存在する最大のタンパク質ファミリーを構成しています。GPCRは、特に医科学研究の領域で重要で、実際に臨床応用されている薬剤の50%以上がGPCRを標的として作られています。しかし、いまだリガンドや生理的役割が不明な、いわゆるオーファン受容体が数多く残されています。

 研究グループでは、オーファン受容体GPCRに属しているBOSS受容体が、細胞外グルコース濃度の応答に関与するエネルギー(栄養)センサーであることを、ショウジョウバエを用いて証明しました。boss遺伝子は、線虫からヒトに至るまで広く保存されていることから、動物一般に共通した、生存に必須な機能を有していると予想できます。このことは、現在私たちが抱えている肥満や糖尿病などの疾患の理解と新たな治療法の開発に貢献すると期待されます。

 本研究成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「糖鎖の生物機能の解明と利用技術 」における研究課題「糖修飾システムによる神経機能の発現・制御」(研究代表者:平林義雄ユニットリーダー)によって得られ、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences』9月22日の週にオンライン掲載されます。 

1.背景
 細胞は体のエネルギー状態を感知して、血中にある過剰エネルギー成分を細胞内に取り込み、中性脂肪(トリアシルグリセロール)の脂肪滴として貯蔵します。そして、空腹時や血糖低下時にこれを分解・放出して、体のエネルギー補充に活用します。エネルギーが枯渇するということは、生物にとっては死を意味するため、エネルギーを供給するときには、体の貯蔵エネルギーが枯渇しないようにバランスを保つ必要があります。従って、細胞には、体のエネルギー状態を感知するエネルギー(栄養)センサーが存在し、エネルギー恒常性を保つ機構が備わっていると考えられます。

 ブドウ糖として知られるグルコースは、生物にとって極めて重要なエネルギー源であると同時に、体のエネルギー状態を伝えるシグナル分子として重要な働きをしていることがわかってきました。血糖値の異常は、糖尿病の原因となるだけでなく、肥満などを含むメタボリックシンドロームの発症につながります。また、グルコースの枯渇は、特に神経細胞では細胞死に直結します。そのため、細胞外のグルコース濃度を感知して、エネルギー恒常性を維持する機構にかかわる細胞膜受容体の存在が示唆されてきました。しかし、これまでの研究では、このような働きをする細胞膜受容体は単細胞生物の酵母でしか見つかっておらず、多細胞生物では候補すらわかっていませんでした。一方で、多細胞生物にも同様な機能を持つ受容体の存在が、神経細胞や消化器系組織にも存在するのではないかと予想されていました。

 一般に、ホルモンや神経伝達物質などの細胞外のシグナル物質(リガンド)を細胞膜上で受容し、細胞内にその情報を伝える機能性膜タンパク受容体ファミリーとして、GPCRが知られています。多様なリガンドに対応するために、数多くのGPCRが存在し、自然界に存在する最大のタンパク質ファミリーを構成しています。しかし、いまだリガンドや生理的役割が不明な、いわゆるオーファン受容体が数多く残されています。研究チームは、このオーファン受容体GPCRの中に、エネルギー(栄養)センサーの役割を果たしている受容体があると予測しました。

2.研究手法と成果
 研究チームは、オーファン受容体の進化系統樹を調べ、エネルギー恒常性維持にかかわる細胞膜受容体の候補受容体を検索しました。具体的には、オーファン受容体の中から、糖輸送体や糖転移酵素などと相同性があり、かつ、さまざまな生物種間で保存されているGPCRを候補受容体として選択、解析しました。その結果、グルコース応答受容体として機能する新規の遺伝子「BOSS/GPRC5B」を同定しました。

 エネルギー恒常性維持機構は極めて複雑ですが、哺乳動物より単純なショウジョウバエにおいても共通した機構が存在しています。さらに、ショウジョウバエは、遺伝的解析が容易で、ライフサイクルも短く、研究対象として適しているという長所を持っています。そこで、今回の研究では、この受容体の基本的な生理機能を理解するために、ショウジョウバエを用いて解析しました。

 BOSS受容体は、グルコース依存性の高い脳・神経系のほか、エネルギーセンサー器官である脂肪体(ヒトの脂肪組織に相当)に存在していたことから、エネルギー(栄養)センサーとして機能する可能性が強く示唆されました。そこで、BOSS受容体を培養細胞に発現させ、グルコース刺激に対する応答性を調べたところ、BOSS受容体がグルコース濃度変化に反応して、細胞内にシグナルを伝えることを見いだしました(図1A)。BOSS/GPRC5B受容体はグルコース刺激に応答し、そのシグナルを細胞内へ伝えるために、細胞膜表面から細胞内へ取り込まれました(図1B)。

 次に、BOSS受容体の機能を欠く突然変異を持つBOSS欠損ショウジョウバエ(BOSS欠損体)のエネルギー代謝状態を調べました。BOSS欠損体では、グルコース刺激に応答できないことから、エネルギー代謝状態が異常になることが予想できました。実際に、血リンパ液(ヒトの血液に相当)中の糖と脂肪の量が上昇(図2)し、インスリンシグナル※5の低下が起こることが明らかとなりました(図3)。興味深いことに、BOSS欠損体では個体のエネルギー消費バランスを維持することができず、絶食条件環境に置かれると短時間で個体死に至ることも発見しました(図4A)。これは、脂肪体に貯蔵されていた脂質が、野生型のショウジョウバエに比べて急速に減少することが原因であることがわかりました(図4B)。   

3.今後の期待 
 今回の成果により、多細胞生物であるショウジョウバエにもエネルギー恒常性を維持する機構が存在し、BOSS受容体が細胞外グルコース濃度に応答し、エネルギー恒常性維持にかかわる受容体であることが明らかとなりました。boss遺伝子は、ショウジョウバエ以外にも、線虫からヒトに至るまで広く保存されていることから(図5)、動物一般に共通した生存に必須な機能を持つと考えられます。BOSS受容体は、脂肪組織に加え、脳・神経系でも強く発現しており、今回の成果は、個体としてエネルギー代謝の恒常性を維持する機構の解明だけでなく、グルコース依存性の高い神経細胞でのBOSS受容体の機能の理解につながると注目されます。さらに、ヒトのBOSS受容体を同定し、その機能メカニズムを解明できると、現在、私たちが抱えている肥満や糖尿病などの代謝疾患の理解が進み、新しい治療法の開発に貢献することが期待できます。

イオン輸送性ATPaseの輸送のメカニズムの一端を解明 ~骨粗鬆症やがん治療の理解に役立つ可能性~(2008/6/17)
 JST基礎研究事業の一環として、京都大学 医学研究科の岩田 想 教授と村田 武士 助教らは、独立行政法人 理化学研究所 生命分子システム基盤研究領域の横山 茂之 領域長らとの共同研究で、細菌内でナトリウムイオン輸送をする酵素「V型ATPase」(注1)について、ローターリング(注2)(図1 *関連資料参照)と呼ばれる部分の立体構造や性質を明らかにしました。リチウムイオンが結合した状態でX線結晶構造解析(注3)にも成功、V型ATPaseの選択的なイオン輸送メカニズムの一端を解明しました。

 V型ATPaseは細胞核を有する細胞(真核細胞)の多くの細胞小器官の膜に存在し、プロトン輸送を行います。一方、細菌の一種、腸内連鎖球菌(Enterococcus hirae)のV型ATPaseは、真核細胞のものとよく似ていますが、プロトンでなくナトリウムイオンを輸送する特徴を持っています。ナトリウムイオンは、X線結晶構造解析や放射性同位体(注4)を用いた実験において、プロトンより検出しやすいという有利な点があります。そのため、村田 助教らはこれまで、腸内連鎖球菌のV型ATPaseを用いて研究を行い、ナトリウムイオンと強く結合するローターリングの構造を明らかにしました。

 本研究により、ローターリングには、ナトリウムイオン以外にリチウムイオンやプロトンが強く結合することが分かりました。また、ナトリウムイオンがローターリングに結合・解離する速度は、酵素そのもののそれより極めて遅いことも分かりました。このことは、ローターリングからナトリウムイオンが解離をする際に、酵素のローターリング以外の部分が重要な役割を担っていることを示唆するものです。

 本研究結果は、真核生物(注5)のプロトン輸送のメカニズムを解明する上で極めて重要な成果で、ひいてはV型ATPaseがもたらす疾病の理解や治療に役立つものと期待されます。

 本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」の電子版で2008年6月16日の週(米国東部時間)に公開されます。

 本成果は、以下のJSTの事業・研究プロジェクトと、文部科学省タンパク3000プロジェクトおよびターゲットタンパク研究プログラムによって得られました。

 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
 研究プロジェクト : 「岩田ヒト膜受容体プロジェクト」
 研究総括 : 岩田 想(京都大学 大学院医学研究科 教授)
 研究期間 : 平成17~23年度

 JSTはこのプロジェクトで、医薬の主要なターゲットでありながら構造解析の非常に困難なヒト膜たんぱく質、特に膜受容体のように極めて疎水的な膜たんぱく質の構造解析のための普遍的な技術の確立を目指しています。

<研究の背景と経緯>
 酵素の一種であるV型ATPaseは真核生物の多くの細胞小器官の膜(例えば小胞の膜)に存在するほか、破骨細胞やがん細胞、尿細管を形成する細胞の細胞膜にも存在します。V型ATPaseの構造は複数のサブユニットからなる複合体で、主として膜外にある部分をV1、主に膜内にある部分をVoと呼んでいます(図1 *関連資料参照)。V1はATPで駆動するたんぱく質モーター部分です。Voはモーターのエネルギーで回転する車軸と車輪部分で、回転の際にプロトンを輸送します。車輪の部分は10個のユニットから構成されており、ローターリング(車輪のような部分)と呼んでいます。膜の外から中へプロトンが輸送されると、細胞内や小胞内のpHは酸性に傾きます。V型ATPaseの機能異常は、骨粗鬆症やがん、大理石病(注6)、難聴、尿細管性アシドーシス(注7)などの疾病に関係していることが報告されています。V型ATPaseは生理学・医学的にも重要な酵素でありながら、どのようにプロトンを輸送するかに関して解明が進んでいません。

 一方、高い塩濃度または強アルカリ環境で暮らすある種の生物は、ナトリウムイオンを輸送する機能を持つように進化しています。村田 助教らはこれまで、腸内連鎖球菌(Enterococcus hirae)のV型ATPaseを発見し、生理的な条件で、ナトリウムイオンやリチウムイオンを輸送することを明らかにしました。このV型ATPaseは真核生物のV型AT Paseと構造や機能が類似しているので、真核生物の輸送メカニズムを研究する際にモデルとして利用することができます。2005年に、ナトリウムイオンが結合したローターリングの立体構造を報告しました(図2 *関連資料参照)。本研究では、リチウムイオンが結合したローターリングの立体構造を解明するとともに、ローターリング単独のイオンの結合・解離の性質を調べました。

<研究の内容>
1.放射性同位体のナトリウムイオンを用いたローターリングへの結合・解離実験
 精製したローターリング1つに対して、ナトリウムイオンが10個程度結合することが明らかになりました。その結合解離の速度は酵素全体への速度に比べて非常に遅いことが分かりました。

2.プロトンの結合
 酵素全体を用いた以前の研究では、プロトンとの結合を確認することはできていませんでした。ローターリングを用いた実験で、ナトリウムイオンとプロトンの間に競合的な阻害が観察されたことから、ローターリングはナトリウムイオンと同じ結合部位で、プロトンと結合することが示唆されました。

3.リチウムイオンの結合
 リチウムイオンは、ナトリウムイオンに比べて5分の1の結合活性を有していました。また、リチウムイオンを除いて各種の金属イオン(カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオンなど)は、ローターリングと結合しないことが分かりました。

4.リチウムイオンが結合したローターリングの立体構造
 ローターリングをリチウムイオン存在下で蒸気拡散法(注8)によって結晶化しました。そして、2.8Aの解像度で得られたX線回折データは、ナトリウムイオンが結合したローターリングの構造をもとに、分子置換法(注9)を用いて構造解析を行いました。リチウムイオン結合型のローターリングの基本構造は、ナトリウムイオン結合型のものと同じく10個のサブユニットから構成されており、対称性のある美しい形をしていました。リチウムイオンはリングの各々のサブユニットの側面中央に結合し、かつリチウムイオンはナトリムイオンより小さいことから、イオンの周囲のアミノ酸残基がイオンに近づいた構造を有していました(図3 *関連資料参照)。

<今後の展開>
 V型ATPaseは、モーター、車軸、車輪などからなる装置で、分子機械といえる複雑で精緻な構造を有しています。ATPの加水分解の際に生じるエネルギーを利用し、車輪を回転します。車輪は10個のパーツに分かれ、それぞれのパーツに、ナトリウムイオンが結合できる場所を持っていることが分かっています。車輪が少し回転すると、結合していた場所からナトリウムイオンが解離し、膜中のイオンの輸送路を通って、膜の内側へ移動すると考えられています。イオン輸送のメカニズムはまだ解明されていませんが、いくつかの説が提唱されています。

 本研究成果により、ローターリング部分では酵素そのものより放射性同位体ナトリウムイオンの結合・解離の速度が極めて遅いことが明らかになりました。これは、酵素のローターリング以外の部分に、ナトリウムイオンの放出を加速する仕組みが隠されていることを意味します。イオン輸送の際にイオンの結合・解離は、膜内V1部分(Iサブユニット)にイオン輸送路があって、この部分とローターリングの境界面で起こるものと推測されます。V型ATPase全体の立体構造がさらに詳細に分かれば、イオン輸送メカニズムの解明が一層進むと考えられます。細菌のナトリウムイオン輸送のメカニズムの研究成果によって、真核生物のプロトンの輸送に関するメカニズムの解明が進み、真核生物のV型ATPaseがもたらす疾病の理解や治療に役立つものと期待されます。

<用語解説>

注1)V型ATPase
 細胞核を有する細胞(真核細胞)の多くの細胞小器官の膜に存在するほか、破骨細胞やがん細胞などの細胞膜にも存在する。ATPのエネルギーを使ってプロトンを輸送する。また、細菌の細胞膜にも存在し、プロトンまたはナトリウムイオンを輸送する。

注2)ローターリング
 回転機構を有するV型ATPaseなどの酵素で、回転する膜内在性リング部分を指す(図1参照 *関連資料参照)。

注3)X線結晶構造解析
 X線の回折の結果を解析して、結晶内部で原子がどのように配列しているかを決定する手法。質の高い結晶を得ることが大事である。

注4)放射性同位体
 ラジオアイソトープとも呼ばれ、構造が不安定なため時間とともに放射性崩壊していく核種。今回使用したものは、ナトリウム22。

注5)真核生物
 構成する細胞の中に細胞核と呼ばれる構造を有する生物。

注6)大理石病
 遺伝子の異常で破骨細胞が機能しなくなる病気。古い骨が蓄積したまま新しい骨が形成されるので、骨の密度が高まる。X線撮影では大理石状の白い像が映る。

注7)尿細管性アシドーシス
 尿細管がうまく機能しなくなり、血液から酸を取り除いて尿に排出できなくなる。血液の酸性度が上昇し、身体にさまざまな異常を生じる。

注8)蒸気拡散法
 結晶化方法の1つ。少量の沈殿剤を溶かしたたんぱく質水溶液の水滴(ドロップ)と高濃度の沈殿剤水溶液を用意し、ひとつの閉鎖空間内に直接接触しないよう封入する。このドロップから発生する水蒸気が高濃度の沈殿剤水溶液へ徐々に移動するに伴って、ドロップ中のたんぱく質と沈殿剤の濃度が上昇し、やがて結晶化する。

注9)分子置換法
 X線の回折のデータ解析法の1つ。既に解かれた構造を利用する。

<掲載論文名>
 "Ion binding and selectivity of the rotor ring of the Na+-transporting V-ATPase"
 (ナトリウムイオンを輸送するV型ATPaseのローターリングのイオン結合とその選択性のメカニズム)

骨を吸収する細胞である破骨細胞の新しい分化機構を発見 -生体内では今まで知られていなかった破骨細胞の分化機構が働いていた-(2008/6/10)
 JST基礎研究事業の一環として、独立行政法人 理化学研究所 脳科学総合研究センターの御子柴 克彦 グループディレクターと慶應義塾大学 医学部の松尾 光一 准教授は、骨吸収活性をもつ破骨細胞の新しい分化制御機構を発見しました。
 骨粗鬆症患者は高齢化が進むにつれて増加傾向にあり、日本の骨粗鬆症人口は現在、1,000万人以上といわれています。骨粗鬆症をはじめとする骨疾患は現代社会の大きな問題であり、骨疾患の早期原因究明・新規治療薬の開発が望まれています。正常な骨形成では、骨の形成と吸収がバランスよく行われています。しかし、このバランスが崩れ、破骨細胞による骨の吸収が骨形成よりも過剰に行われると骨は脆くなり、老化の特徴の1つでもある骨粗鬆症へと発展します。そこで、破骨細胞の制御機構を明らかにすることは非常に重要な課題と考えられています。
 これまでの多くの研究成果により、破骨細胞の分化や活性化に細胞内カルシウム動態が深く関わっていることが明らかとなっています。本研究グループは長年、この細胞内カルシウム動態に重要なたんぱく質であるイノシトール1、4、5-三リン酸受容体(IP3R)の研究を行っており、IP3Rノックアウトマウスを用いて破骨細胞の研究を行いました。これまでの知見から、IP3Rノックアウトマウスでは破骨細胞の分化に異常があるために骨の吸収が低下し、骨が硬いマウスとなることが期待されていましたが、予想に反してIP3Rノックアウトマウスの骨は正常でした。
 本研究では、IP3Rノックアウトマウスの骨が正常である理由を明らかにするために解析を続け、細胞内カルシウム動態に依存しない破骨細胞の新規分化メカニズムを発見しました。これは骨疾患の原因究明・治療薬開発に大きく貢献するものです。
 本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」の電子版で2008年6月9日の週(米国東部時間)に公開されます。

 本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。

 ■戦略的創造研究推進事業 発展研究(SORST)
  研究課題名: 「カルシウム振動」
  研究総括 : 御子柴 克彦((独)理化学研究所 脳科学総合研究センター グループディレクター)
  研究期間 : 平成18年1月~平成22年12月

 上記研究課題では、小胞体に存在して細胞内カルシウムの動員に重要な役割を果たすIP3受容体というカルシウムチャネルに焦点をあて、カルシウム振動の発振メカニズムとその機能の解明を目指しています。

<研究の背景と経緯>

 骨粗鬆症をはじめとする骨疾患は現代社会の大きな克服課題であり、骨疾患の早期原因究明・新規治療薬の開発が望まれています。そのため近年、破骨細胞の分化における研究が精力的になされ、破骨細胞の分化を制御する機構が分子レベルで次々と明らかにされています。その研究成果から、破骨細胞の分化には転写因子NFATc1が必須な分子であることが明らかになりました。
 転写因子NFATc1は自身のリン酸化状態によって細胞内での所在する場所が変化します。転写は細胞の中の核と呼ばれる構造内で行われますが、NFATc1はリン酸化されている状態では核外にあり、脱リン酸化されて核内へ移行し、転写を行うことができるようになります。また、NFATc1のリン酸化状態を制御するカルシニューリン(Calcineurin)という脱リン酸化酵素は、細胞内カルシウムによって制御されていることが知られています。つまり、NFATc1による転写は細胞内カルシウムによって大きな影響を受けると考えられます(図1 *関連資料参照)。
 さらに、破骨細胞の分化誘導時にはカルシウムオシレーション(注1)が観察されるという報告もされています。これらの知見から、破骨細胞の分化はカルシウムオシレーションでNFATc1が活性化されることによって制御されているのではないか、つまり、破骨細胞内のカルシウム濃度の制御機構を明らかにすれば破骨細胞の分化の制御機構をより詳細に明らかにできるのではないかと誰もが予想し、多くの研究者が破骨細胞の分化におけるイノシトール1、4、5-三リン酸受容体(IP3R)の役割に注目しました。
 IP3Rは細胞内のカルシウム貯蔵庫である小胞体からカルシウムを放出するチャネルとして働く分子です。IP3Rは細胞内のカルシウム濃度、カルシウム動態に大きな影響を与え、その結果、受精、発生、記憶・学習といった多岐にわたる生命現象において重要な役割を担っていることが報告されています。
 そこで、破骨細胞においてもIP3Rが細胞内カルシウム動態の制御に重要な役割を果たしているのではないかと考え、本研究では、破骨細胞の分化におけるIP3Rの役割を明らかにするためにIP3Rノックアウトマウスを用いて行いました。

<研究の内容>

 本研究では、以下の2つの方法で破骨細胞の分化誘導を比較しました。

1.RANKL+M-CSF添加による破骨細胞の分化(単独培養方法)
 マウス骨髄由来の細胞に、精製された可溶型RANKL(注2)とM-CSF(注3)を加えて培養液中で約1週間培養し、分化を誘導するもので、破骨細胞の単独培養法です。

2.骨芽細胞による破骨細胞の分化(共存培養方法)
 マウス骨髄由来の細胞と骨芽細胞(注4)をビタミンD3存在下で約1週間共培養し、骨芽細胞が提示するRANKLを利用して破骨細胞の分化を誘導します。破骨細胞と骨芽細胞の共存培養法で、単独培養よりも、より生体内に近い状態であると考えられています。

 マウスの破骨細胞と骨の解析にあたっては、マウスの大腿骨の切片を作製し、その切片内の破骨細胞を分化した破骨細胞が赤色に染める染色法(TRAP染色)を用いて標識し、一定面積における破骨細胞数を数えました。骨密度はマイクロCTを用いて計測しました。
 哺乳類のIP3Rにおいては、type1、type2、type3の3つのサブタイプが報告されていますが、本研究グループは野生型と各サブタイプのIP3Rノックアウトマウスの破骨細胞を用いました。
 ノックアウトマウスを用いて破骨細胞の単独培養を行うことにより、破骨細胞にはIP3R type2とtype3が発現しており、このうちtype2が最も多く発現していることを明らかにしました。さらに、IP3R type2をノックアウトした細胞は、破骨細胞の単独培養法では分化が著しく阻害されること、RANKL刺激によるカルシウムオシレーション、およびNFATc1の活性化(核内移行)が起こらないことを突き止めました。
 これらの結果から、RANKL添加によって観察されるカルシウムオシレーションにはIP3R type2が必須であること、さらに今までの知見と同様に、カルシウム/カルシニューリン/NFATc1というシグナル経路が阻害されると、破骨細胞の分化が妨げられることが判明しました(図2 *関連資料参照)。
 次に、RANKL添加による破骨細胞の分化誘導よりも生体内の状態に近いと考えられる骨芽細胞による破骨細胞の分化誘導を行い、IP3R type2のノックアウトマウス細胞の分化状態を解析しました。
 その結果、RANKL添加による分化誘導時とは異なり、骨芽細胞との共存培養による分化誘導時には、IP3R type2のノックアウトマウス細胞でもNFATc1が核内に移行し、破骨細胞への分化が認められました。さらに骨芽細胞との共存培養下で分化したIP3R type2のノックアウトマウスの破骨細胞内カルシウム動態の観察の結果、NFATc1が活性化しているにも関わらず、カルシウムオシレーションが全く観察されませんでした。
 この骨芽細胞との共存培養時にのみ活性化されるカルシウム非依存的な破骨細胞の分化シグナルの存在は、カルシニューリンの阻害剤FK506を用いても確認できました。
 さらに、共存培養の実験結果を裏づけるように、IP3R type2のノックアウトマウスおよびIP3R type2とtype3のダブルノックアウトマウスの大腿骨では、分化した破骨細胞が数多く観察されました。
 本研究は、カルシウム/カルシニューリンというシグナル経路が破骨細胞の分化に必須であろうという従来の考え方を覆し、生体内では現在まで全く報告のなかったカルシウム/カルシニューリン非依存的な破骨細胞の分化メカニズムが機能することを初めて明らかにしたこと、生体内の破骨細胞の分化において、カルシウム依存的および非依存的なシグナル経路が共に存在するという全く新しい概念(図3 *関連資料参照)を提示したことに意義があります。

<今後の展開>

 本研究の最も重要な点は、従来の破骨細胞の分化メカニズムの考え方を覆し、生体内の破骨細胞の分化において、カルシウム非依存的な分化メカニズムが存在するという全く新しい概念を提示した点です。
 近年、骨形成における研究が盛んに行われているといっても、骨疾患の原因は未だに分からないことが多いのが実情です。例えば、免疫抑制剤などの深刻な副作用として骨密度の低下が起きることが知られていますが、今までの破骨細胞の分化における研究による知見では、その原因を説明できませんでした。
 しかし、本研究で明らかにしたカルシウム/カルシニューリン非依存的な破骨細胞の分化機構の存在を考えることは、現在までの原因究明へのアプローチ方法に転換期を与え、その原因究明へとつながる第一歩となるかもしれません。
 今後はこの新しい破骨細胞の分化メカニズムの詳細な分子機構を明らかにすることを目指し、その成果が、骨疾患の原因究明・新規治療薬の開発において、大きな貢献をし得るものと考えています。

<用語解説>

注1)カルシウムオシレーション
 細胞内カルシウム濃度が一定の間隔で上下する現象。

注2)RANKL
 破骨細胞刺激因子。

注3)M-CSF
 マクロファージ(貧食細胞塊)コロニー刺激因子。主に単球系細胞の増殖・分化を刺激するサイトカイン(破骨細胞刺激因子)です。M-CSFは、RANKLとともに破骨細胞の分化誘導に必須な因子です。

注4)骨芽細胞
 骨形成を担う細胞。骨芽細胞が分化するとカルシウムなどの沈着が起き、骨が形成されていく。

<掲載論文名>

 "Osteoblasts induce Ca2+ oscillaition-independent NFATc1 activation During osteoclastogenesis"
 (破骨細胞分化過程において骨芽細胞は、カルシウムオシレーション非依存的なNFATc1の活性化を誘導する。)

Homerのリン酸化が神経活動に伴うシナプス後部構造の柔軟化を担う - 記憶・学習の分子メカニズム解明への一歩 -(2008/5/15)
◇ポイント◇
●Homerタンパク質が神経活動依存的にリン酸化されることを発見
●リン酸化が、Homer複合体のダイナミックな調節の契機
●長期記憶・学習を支えるシナプス後部の構造変化の包括的理解へ

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(JST:北澤宏一理事長)は、シナプス後部に豊富に存在するタンパク質「Homer」のリン酸化が神経活動に伴うシナプス後部構造の再構築調節機構の一端を担うことを解明しました。理研脳科学総合研究センター(田中啓治センター長代行)発生神経生物研究チームの御子柴克彦チームリーダー、水谷顕洋研究員らの研究グループによって行われ、本研究成果の一部は、御子柴チームリーダーが研究代表者を務める「JST戦略的創造研究推進事業発展研究カルシウム振動プロジェクト」によって得られました。

 私たちの大脳は、100億個以上の神経細胞から成り、それらが極めて複雑なネットワークを形成して、信号のやりとり(神経伝達)を行っています。この神経伝達は、神経細胞間の接点であるシナプスという特別な場所で行われていますが、信号の受け手側であるシナプス後部には、この信号を感知・解読し、それに対して反応するために、極めて多彩なタンパク質が配備されています。私たちの脳が記憶・学習するとき、反復する信号、あるいは異なる複数の信号が同時に1つの神経細胞に入ることで、ある特定のシナプスにおける神経伝達効率が強化された状態が維持されます。これを生み出している1つのメカニズムが、シナプス後部のタンパク質群の質的・量的変化だと考えられていますが、その詳細な分子メカニズムはほとんどわかっていません。

 Homer(ホーマー)タンパク質は、シナプス後部に豊富に存在するアダプター分子※1で、シナプス後部で種々のシグナル分子間の複合体形成を担っています。研究グループは、小脳のPurkinje(プルキンエ)細胞※2のシナプス後部に特異的に存在するHomer3に着目し、Homer3が神経活動に依存してリン酸化され、それにより、Homer3と代謝性グルタミン酸受容体との複合体が消失することを発見しました。さらに、このHomer3リン酸化が、Purkinje細胞シナプス後部でのカルシウムシグナリングを調節する可能性を示しました。この発見は、Homerタンパク質が、そのリン酸化というタンパク質修飾反応を利用して、シナプス後部の分子複合体構造を神経活動に対して極めて柔軟に調節する分子であることを世界で初めて示したものです。これは、記憶・学習を支えるシナプス後部の構造変化を包括的に理解する上で、大変重要な知見となります。

 本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Neuroscience』(5月14日号)に掲載されました。

1.背 景

 私たちの大脳は、100億個以上もの神経細胞から成り立っています。また、1個の神経細胞は、約1万個もの神経細胞とシナプスという部分で手をつなぐことが可能です。神経細胞は、このように極めて複雑なネットワークを形成し、信号(神経活動)のやりとりを行っています。例えば、外界の状況変化は、感覚神経によって感知された信号として脳に入ります。脳内に入った信号は、一群の神経細胞の興奮を契機として、複雑なネットワーク上を伝搬しますが、その過程で私たちは外界を感知し、それに対する反応・行動を決定します。

 記憶・学習は、反復する信号、あるいは異なる複数の信号が同時に1つの神経細胞に入ることで、ある特定のシナプスにおける神経伝達だけが強化されて起こると考えられています。神経細胞間の神経伝達の本体は、シナプス前部からグルタミン酸を放出し、それによるシナプス後部のグルタミン酸受容体の活性化であることが知られています。実際に、記憶・学習に伴ったこれらグルタミン酸放出とグルタミン酸受容体の質的・量的変化については、これまでにも数多くの報告がなされています。しかし、記憶・学習が長期にわたって保持されるためには、このグルタミン酸放出とグルタミン酸受容体の変化だけでは不十分で、グルタミン酸受容体を取り巻くシナプス後部の多彩なタンパク質の分子的構造変化が、特定のシナプスにおいてのみ長期にわたって維持される必要があります。この長期間の記憶・学習を支えるシナプス後部で起きている詳細な分子メカニズムは、依然として不明のままとなっていました。

 Homerは、シナプス後部に豊富に存在するタンパク質で、Homer1、Homer2、Homer3の3種類の仲間が知られています。共通する特徴は、自身が4量体を形成することで、Homer結合タンパク質同士を会合させる、いわばアダプターとして働くことです。代謝性グルタミン酸受容体、IP3受容体、SHANK※3、drebrin※3などは、いずれもシナプス後部に局在する、Homer結合タンパク質として知られています。これら結合タンパク質は、Homerを介してシナプス後部で機能的複合体を形成し、シナプス後部のカルシウムシグナリングや細胞骨格アクチンの制御に関与しています。上述のように、長期記憶・学習に際しては、シナプス後部の分子的構造変化が必須であるにも関わらず、Homerタンパク質を介した複合体に関して、神経活動に反応して起こるダイナミックな変化は全く知られていませんでした。研究グループは、Homer3が小脳Purkinje細胞に特異的に発現していること(図1左)に着目し、Homer3を介する複合体の神経活動依存的なダイナミックな変化を捉えることに挑みました。その結果、Homerタンパク質のリン酸化によるシナプス後部分子構造調節、という全く新しい機能を発見することになりました。

2.研究手法と成果

(1)リン酸化Homer3の発見
 生化学的手法を用いて、マウスの小脳をシナプス後部画分と可溶性画分とに分離調製したところ、Homer3の1部が可溶性画分にも存在することが判明しました。さらに、可溶性画分中のHomer3を2次元電気泳動にて分離解析したところ、1分子あたり少なくとも3カ所がリン酸化していました。
 この結果は、本来シナプス後部にあるべきHomer3が、リン酸化によって大きく性質を変え、可溶性になったことを意味します。すなわち、このリン酸化が、長期記憶・学習を確立する上で極めて重要な分子構造変化を調節していると考えられました(図1右)。

(2)Purkinje細胞内のCaMKIIがHomer3のリン酸化酵素
 そこで、Homer3のリン酸化を行っているリン酸化酵素の同定を試みたところ、以下の4つの結果を得ました。
 試験管内リン酸化実験を行うと、CaMKII(カルシウムカルモデュリン依存性キナーゼII)※4がHomer3の3カ所のセリン残基をリン酸化する。
 リン酸化セリン残基特異的抗体で認識すると、Purkinje細胞内に3カ所のセリン残基がリン酸化されたHomer3が存在する。
 初代培養Purkinje細胞を脱分極刺激すると、Homer3がリン酸化される。一方、CaMKII阻害剤「KN-93」を加えるとリン酸化が阻害される(図2)。
 P/Qタイプ電位依存性カルシウムチャンネル※5のノックアウトマウスでは、CaMKIIの活性が下がり、同時に、Homer3のリン酸化も減弱する。
これらの結果から、CaMKIIがPurkinje細胞内でHomer3をリン酸化する酵素であると結論づけました。

(3)リン酸化によるHomer3と結合タンパク質との親和性低下
 Homer3がリン酸化されるとHomer3は可溶性になり、リン酸化がHomer3の結合タンパク質との親和性を低下させる可能性があると考えました。そこで、リン酸化していないHomer3とリン酸化したHomer3とを試験管内リン酸化実験で準備し、それぞれの結合タンパク質に対する結合動態を、表面プラズモン共鳴原理を利用した解析装置で調べました。その結果、リン酸化Homer3は、非リン酸化Homer3に比べて約10倍も結合親和性が低下していることがわかりました(図3)。実際、初代培養Purkinje細胞において、脱分極刺激によるCaMKIIのHomer3リン酸化によって、Homer3と代謝性グルタミン酸受容体との複合体が消失することを発見しました。

(4)Homer3を介する複合体のリン酸化によるダイナミックな調節
 小脳Purkinje細胞のシナプス後部に存在するHomer3を介する代謝性グルタミン酸受容体-Homer3-IP3受容体複合体に対する、Homer3のリン酸化による機能的影響を検討しました。具体的には、特殊な増殖細胞であるHeLa細胞を用いた一過性発現系を用いて、この複合体のアウトプットであるカルシウムシグナルについて解析しました。その結果、Homer3のリン酸化によってこの複合体が極めてダイナミックに調節されていることを見いだしました。

(5)まとめ
 Homer3は、Purkinje 細胞のシナプス後部において、神経活動に伴って活性化されたCaMKIIによってリン酸化されると、その結合タンパク質との結合親和性が低下します。これは、Homer3を介した複合体の「柔軟化」をもたらし、それにより、その複合体の神経活動依存的機能変化を引き起こします。Homer3のリン酸化が、神経活動に伴ったシナプス後部の分子構造の柔軟化を担っている、と結論することができます。

3.今後の期待

 神経活動に反応するリン酸化反応は、一般的に極めて早い反応で、実際、Homer3のリン酸化も刺激後、2分後から検出できます(図2左)。こうした変化が、長期間の記憶・学習にとってどういう意味を持つのかが問題になります。研究グループは、この神経活動早期に、神経伝達の入力を受けたシナプス後部においてのみ起きるHomer3のリン酸化と、それによるシナプス後部の分子構造の柔軟化を、長期記憶・学習確立の契機となる出来事だと考えています(図4)。現在、この考えを実証するために、Homer3のリン酸化部位を破壊したノックインマウスの作製に挑んでいます。

遺伝情報を編集する「スプライシング」を阻害する物質を発見(2007/7/23)
 理化学研究所と科学技術振興機構(JST)は、抗がん活性物質「スプライソスタチンA」が、DNAから転写されたmRNA(メッセンジャーRNA)を必要な情報だけに編集する「スプライシング」という機能を阻害することを明らかにした。
 人類を含めた真核生物では、DNAから転写したmRNA前駆体に、「イントロン」と呼ぶタンパク質のアミノ酸配列の遺伝情報を持たない部分が存在する。遺伝子がタンパク質に翻訳されて細胞内で正常に機能するためには、このイントロンを取り除き必要な部分のみを正確につなぎ合わせる「スプライシング」という遺伝情報をもとにした選択反応が必要である。研究グループは、抗がん剤候補化合物として発見されていた「FR901464」を改変したスプライソスタチンAという物質が、細胞内でスプライシングに必須なタンパク質に結合し、スプライシングができないようにすることを突き止めた。また、通常はタンパク質にならないはずのイントロン配列が、タンパク質に翻訳され、異常なタンパク質ができることも明らかにした。
 これまでに、スプライシングを阻害するような抗がん活性物質は知られておらず、今回の研究をもとに、いままでとは全く違った抗がん剤の開発が期待できる。また、スプライシングは、人類のような高等真核生物と酵母のような単細胞生物の「複雑さ」の違いを生み出す一因となっており、「ヒト」はなぜ「ヒト」であり得るのかという疑問の解明にもつながることが期待できる。

脳の発達には脳内コレステロール合成が欠かせないことを発見(2007/6/13)
 産業技術総合研究所 セルエンジニアリング研究部門 小島 正己 主任研究員は、科学技術振興機構(以下「JST」)鈴木 辰吾 研究員と産総研 脳神経情報研究部門 脳遺伝子研究グループ 清末 和之 主任研究員らとともに、神経細胞内において脳の成長因子によってコレステロール合成が促進される新しいメカニズムを発見した。
 今回の発見は、脳シナプスにおける神経伝達が発達していくためには、神経細胞内のコレステロール合成が促進されることが重要であり、その促進因子として脳の成長因子(BDNF)が働いていることを見いだしたものである。
 さまざまな脳疾患に共通する機能障害として神経伝達の変調や発達障害があり、コレステロール合成と神経伝達の関係の発見はこれら疾患の治療薬開発に新たな指針を与える可能性がある。
 脳の機能がどのようにして発達していくのかを解明する研究は、私たちの脳が健やかであることの理解や脳疾患の治療に貢献する重要な課題である。うつ病、統合失調症、アルツハイマー病、ハンチントン氏病などの脳疾患において共通する機能障害として、神経伝達の変調や発達障害が指摘されている。
 コレステロールは脳内脂質の20~30%を占めており、コレステロールと神経機能の関係、さらには脳内コレステロールの代謝と脳疾患の関連を示す報告が近年増えている。
 脳の神経細胞膜は脂質2重層でできており軟らかく流動的である。この流動的な脂質2重層を大洋に見立てると、あたかも大洋に浮かぶ、いかだのような固い微小領域があって、脂質ラフトと呼ばれている。脂質ラフトは特にコレステロールに富む部分である。産総研では、脳の神経細胞におけるコレステロール合成や脂質ラフトの機能的役割を研究してきた。

細胞外から細胞内へ分子を取り込む細胞膜陥入機構を解明(2007/5/19)
 理化学研究所、東京大学、科学技術振興機構(以下JST)の三者は共同で、細胞が外部から分子を細胞内へ取り込む過程(エンドサイトーシス)において細胞膜を陥入させる機能を持つ「EFCドメイン」の立体構造を世界で初めて解明し、その細胞膜陥入機構を明らかにした。
 動植物の体をつくっている真核細胞が外部から物質を取り込む仕組みのうち、最も基本的な現象の一つとしてエンドサイトーシス過程が知られている。例えば、エンドサイトーシスは、細胞外受容体の内在化、シナプスにおける神経伝達物質のリサイクリング、体細胞における栄養の摂取など、真核生物が活動するために欠かせない様々な基本生命現象において、重要な働きをしている。
 エンドサイトーシスの過程では、まず細胞膜が分子を認識した情報をもとに細胞表面からくぼみ、分子を包み込むように細胞内に陥入する。これまでこの陥入ステップの詳細な分子機構は不明だったが、今回研究グループは、ヒトFBP17とヒトCIP4タンパク質のEFCドメインの立体構造を決定し、EFCドメインが脂質膜に巻き付くようにらせん状の繊維を形成することで、生体膜を陥入させることを明らかにした。またFBP17がこの機構に基づいてクラスリン依存性のエンドサイトーシスの膜陥入ステップに関与していることを、細胞生物学的な手法を用いて突き止めた。
 今回の成果は、未解明の問題の多いエンドサイトーシスの機構の理解に大きく貢献し、医学的応用の観点からも重要であると考えられる。
本研究の成果の詳細は米国の学術雑誌『Cell』5月18日号に掲載される。 

分子の構造変化の動画撮影に成功(2007/2/23)
 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)中村活性炭素クラスタープロジェクトのもと、研究総括である中村栄一 教授(東京大学)、末永和知 博士(産業技術総合研究所)と東京大学の磯部寛之 助教授の共同研究チームは、小さな有機分子の化学構造を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察することに世界で初めて成功した。これまで誰も見たことのなかった分子の動きが約一分にわたる動画として記録された。この研究は、目にも留まらぬ速さで飛び回るハチ(分子)をガラスのチューブ(カーボンナノチューブ)に閉じこめて、ハチが羽根を震わせながら歩き回る様子を観察したようなものといえる。
http://www.sciencemag.jp/contribinfo/geneinfo.html

働きの異なる脳細胞の活動を色分けして観察することに成功(2007/2/21)
 JSTと理化学研究所は、遺伝子改変マウスの大脳皮質を構成する抑制性神経細胞と興奮性神経細胞それぞれの活動を同時に観察する新たな手法の開発に成功した。また本手法を用いて、大脳皮質視覚野の抑制性神経細胞と興奮性神経細胞を観察したところ、視覚刺激に対する反応に大きな違いがあることを見出した。
 遺伝子改変動物の脳に機能的二光子励起イメージング法を適用できることを示した本研究成果によって、働きの異なる神経細胞の活動を色分けして観察できることが明らかとなり、異なるタイプの神経細胞からなる大脳皮質の神経回路における情報処理の原理を解明することが期待される。
 本研究成果はJST戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「遺伝子改変細胞キメラ培養による神経回路網形成機構の解明」の研究代表者:津本忠治(独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センター ユニットリーダー)らによって得られたもので、米国科学雑誌「The Journal of Neuroscience」に、2007年2月21日に掲載される。

タンパク質「アクチンフィラメント」端での伸縮制御メカニズムを解明(2006/11/17)
 JST、理化学研究所、名古屋大学は、細胞に最も多く含まれるタンパク質”アクチンフィラメント”の端の立体的な構造を決定する新たな手法を開発し、それを用いてアクチンフィラメントとCapping Protein(キャッピング プロテイン)の複合体の三次元構造を決定した。アクチンフィラメント端でのタンパク質の形を見たのは本研究が世界で初めて。
 今回、研究チームは、Capping Proteinがアクチンフィラメント末端のアクチン分子と結合した複合体の構造の解明に成功した。これによりアクチンフィラメントの伸長と短縮の制御メカニズムが明らかになった。
http://www.jst.go.jp/
http://www.riken.go.jp/

神経細胞の“樹状突起”を形成する仕組みを発見(2006/10/18)
 理化学研究所は、科学技術振興機構(JST)と共同で、神経細胞が神経ネットワークを構築する際に必要な樹状突起の形成において、神経細胞の一つである顆粒細胞中のイノシトール三リン酸(IP3)受容体が重要な働きをしていることを発見した。
 研究グループでは、IP3受容体の一つのタイプを働かなくしたマウスの小脳で、プルキンエ細胞の樹状突起の形成に異常が発生することを発見した。また、IP3受容体からのカルシウム放出が、樹状突起形成に重要な働きをする神経栄養因子の一つBDNFの発現を調節していることが分かった。さらに、樹状突起形成制御は、自身の細胞内にあるIP3受容体が関与しているのではなく、神経細胞の一つである顆粒細胞に発現しているIP3受容体に依存していることを突き止めた。つまり、顆粒細胞中のIP3受容体が、神経栄養因子の一つBDNFの発現を調節することにより、プルキンエ細胞の樹状突起形成を制御していた。
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